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「受け入れられなかった訳じゃないんです」



横たわる美しい死体を見ながら、越前が小さく呟く。



「ただ、分からなかった」

「どうしようもねぇ不安しか抱けなかった」

「お前ら何悠長に言ってんだよ!救急車呼ぶぞ!」



同調するように言葉を紡いだ跡部を見ていよいよ気が触れたと思ったのか、宍戸は乱暴に自身のポケットから携帯を取り出した。しかしその画面には何も映されておらず、電源ボタンを押しても一向に明りは宿らない。隣に居た鳳の携帯を奪って同じ事をするが、結果は同じだった。



「よう考えてみんしゃい」



宍戸の様に狼狽していた者、呆然と立ち尽くしている者、全てを悟ったように諦めている者、全員の目が仁王に向く。先程から死体を抱いて俯いている柳を除いて、助けを乞う視線が彼に注がれる。



「俺らの記憶って、断片的過ぎやせんか。少なくとも俺はそうじゃ。特に中学の部活の思い出がかなり色濃く残っとる」

「むしろ俺には、それと病気で苦しんでた思い出ばかりがいつも頭をよぎるよ。楽しい事はもっとあったはずなのに」



幸村を始め、全員思い当たる節があるのは当たり前だった。彼らの情報で1番濃厚なのはその時代だからだ。

律子がこの世界に来るのに合わせ、彼らの年齢は20代前半に引き上げられた。その歳に辿り着くまでの過程を一応は描かれて人格形成をされたものの、元からある情報とそうでない情報を組成するのとでは大きな差がある。原作程の膨大な情報量をまた新しく同じ分だけ作るというのは、気が遠くなる話だった。実際、そこまでしなくても人格形成が出来たので大して必要では無かった。



「思い出は大事、なんてよく言ったもんだよなぁ。実際数年分くらい欠けてても今までなーんにも気にしなかったのによ」



いつも通りの口調でガムを噛みながら言う丸井は、未だに騒いでいる切原の頭を一度思いっきり叩いた。一気に飲み込むには大きすぎる情報が舞いこんで来たせいか、その息は荒い。漫画の中の彼らであればそんな切原を心配して近付く者が居たかもしれないが、この中ではいなかった。紳士と謳われている柳生でさえだ。



「これ、俺達どうなるんや?」

「豊崎がこうなってしもた以上、もう多分俺らに価値は無いんやろなぁ」

「部長、あんた何処まで気付いてはったんですか」

「さぁ」



震えた声の謙也に白石が淡々と答えると、そこで初めて財前は口を開いたが、返って来た素っ気ない返答にまた閉ざされる。もう彼らは漫画の中の登場人物では無かった。



「自分もなんちゅーか、気の毒やな」

「俺はただ」



侑士に肩を叩かれた柳は、その手を勢いよく跳ね除けると力が抜けたように死体を手放した。ゴロン、と床に広がり、同時に血も広がっていく。

見て見ぬフリをして来た報いがこれだというのなら、それはあまりにも酷すぎる。意図的では無いにせよ彼らのプロジェクトに手を貸していたも同然だったのに、用済みとなればもう生きていく(フリをする)事すら許されない。結局漫画の中で輝いている彼らだけが本物で、彼らを元にただ作られただけの自分達は、これ以上の使い道が無かった。



「人間で居たかった」



1人、また1人と地面に倒れ込んでいく。最後まで残っていたのは誰かなど判別がつかない程その速度は速く、しかし、柳が最後に残したいわば遺言のようなものは、いつまでも彼らの耳に反芻していた。
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