「とうとう気付いちゃったかぁ」



男の声は、いつも聞いていたものより随分と歳を食っていて、うっすらと目を開けた先に入った容姿も、いつも見ていたものより冴えなかった。それでもあの男だと分かるくらいに気持ち悪い粘っこさはありのまま残っている。



「何処、此処」

「知っても意味無いからいいでしょ?」



今置かれている状況を見ると、私は大きな椅子に鼻にチューブが繋がれた状態で座っていた。特に手足に拘束は無いけれど、頭に違和感を覚えたので何か被せられているようだ。服を見ればちょうど心臓のあたりには血がべっとりと付いていて、でも鉄臭くないから多分偽物なんだろう。服はあの日の、私がこの男に会った日と同じだ。



「私死んでなかったんだ」

「じゃなきゃこの実験も出来ないしねぇ。一応経緯くらいは説明しておく?」



もう今更何を知っても意味が無いけど、一応全ての疑問を晴らしておきたいので私はその問いかけにコクリと頷いた。



「あの日、僕は君があの道を通るのを知っていた。君がそのスタイルと顔に嫌気が刺してるのも、欲張りな願い事を沢山持っているのも、全部知っていた。だって生まれた時からずっと観察してたもの、君の事。勿論両親に承諾を得てね。

 人間改正プロジェクト、って言うんだけど。

知ってる?君ね、捨て子だったんだよ。生まれて間もない頃に施設の玄関にポツンって捨てられてた。その施設のスタッフにプロジェクトの一員がいてね、ちょうどプロジェクトの案が政府で通ったのはその時だった。世間には極秘で。だから僕達は手当たり次第被験者を探していて、君はその記念すべき第一号だった。ちなみに言わなくても分かると思うけど、その施設のスタッフ兼プロジェクトメンバーが君の両親だ。両親は君の素行や性格、思考を隈なく調査した。1年に一度定期健診で脳波見られてたでしょ?そういうのもぜーんぶ調査の一貫だよ。

 君が両親を馬鹿だと蔑んでたように、彼らだって別に君の事なんて被験者としか見てなかったんだよ。

そしてあの日、君が人生のくだらなさをピークに感じた時、君の連行が実施された。それ分かってると思うけど血糊だからね。実際は頭をちょっと殴っただけで別に何の異常も無いよ。政府のお墨付きだから君が行方不明になっても、言っちゃえば死んでも何の問題にもならないし、此処に運んでこの機械を付けるのは非常に容易な事だった」

「ていうか人間改正プロジェクトって何。胡散臭そうな名前」



そう問えばそれまで饒舌だった男が若干ムッとした表情になり、あぁなんだ宗教みたいなもんか、とそれだけで悟る。



「人間の欲は留まる事を知らない。でも、もしその欲が全部叶った状況下に置かれたら人はどうなるかというのを僕達は調査してるんだ。ちなみにその逆もある。もし絶望的な状況下に置かれたら人はどのように這い上がるのか。どちらの実験もそれは素晴らしいものでね、それぞれのデータを統計して、新しい実験結果をどんどん発見するんだ」

「よくそんなの政府が許可したね」

「だって、彼らだって知りたいんだ。年々上昇していくサイコキラーや青少年による犯罪率、近年頭のおかしい人が増えすぎている」

「あんたも含めてね」

「彼らは恐れているんだ。犯罪者の心理が知りたくて知りたくて堪らない。だから身元が不明の孤児に限りこの実験を行っていい許可をくれた」



自慢げに話す男はやっぱり頭がおかしいらしく、頬も紅潮していて興奮状態に入っている。こいつ、色々もっともらしい理由つけてるけど絶対人が苦しむ姿を見たいだけだろ。私はそう確信した。



「じゃあ、テニスの王子様の世界に入れた訳は?」

「別に何処でも良かったのさ。でも、新しい世界を作るのはそんなに簡単な事じゃない。1から僕達が全部作らなくちゃいけない。テニスの王子様はその人気からファンブックも出ていて情報量が膨大でね、特に君の為に若い男を何人も用意するにはあれが1番最適だった、っていうのは違う女性メンバーの案だから僕はよく知らない。なんにせよ、男女はお互いの欲を満たすからね」



確かにそれは間違っちゃいない。私が優越感を得られたのはほとんど彼らのおかげだ。



「榊原恵は?」

「彼女も世界に気付いてしまった1人だ。ちなみに彼女が施設に入ったのは君より後だったけど、高校で凄まじい虐めを受けてね。その時に死んで生まれ変わりたいという気持ちが強かったから、まぁいっかって感じで入れてあげたんだよ」

「意外と適当なのね」

「彼女には元々あまり素質が無かった。案の定生まれ変わった途端調子に乗っていたし、彼女の未来は先が見えすぎていてデータを取るのも退屈だったんだ。その時に君のピークが来たし、じゃあそろそろ交換しようかってね。また容姿を1から作るのも面倒だったし、そのまま君に引き継いで貰ったよ」

「よくもまぁあんな狭い世間の中にぶっこんだわね」

「だってあの世界の住人の感情は僕が操作できるし。でも、王子様達はちょっと予想外な行動を取る事が多かったかな。」



作られた存在が自我を持って行動する。まるで人形に息が吹きこまれたような、そんな感じの異端な存在なんだろう。



「だって、あの世界が作れたものだって事に気付いてる奴もいたくらいだしね」

「具体的には分かっていないよ、流石の彼らも。ただ直感的に気付いたんだ。自分達がただの人間じゃない事に。彼らだって全てを手に入れてるしね」



頭に付けられている機械がさっきからピーピーと耳障りだ。どうせあの世界に戻る事はもう無い。とはいえこの元の世界で生きられるとも思わないし、多分私はこのまま死ぬんだろう。



「私死ぬの?」

「知ってる?さっきからあの日あの日って遠い昔の事のように話しちゃってたけど、君が此処に来たのってつい昨日の事なんだよ」



それを聞いていよいよ目が眩んだ。血糊がそこまで乾ききっていない時点でなんとなく嫌な予感はしていたけれど、あの世界で過ごした1年と少しの間は、こっちの時間にしてたったの24時間以内でしかなかった。憎悪、嫌悪、怠惰、無気力、ほとんどがマイナスの感情だったけど、時々含まれていた本当に微かな愛情。全てが走馬灯のように甦る。



「どっちにしろあっちの世界でも君死んじゃったし、もう戻る所無いか。もうちょっと観察しておきたかったなぁ、君中々面白い被験者だったし」

「とりあえず頭についてるの外してくんない?」



はいはい、と面倒臭そうに男が外したそれには、無数の管が繋がれていてそれらは全て1つの機械に繋がっていた。このちっぽけな機械に彼らの情報が全て詰まっていて、私はこの機械の中で生きてたのか。



「もう起きたのね、律子」

「早かったな」



声をした方に目を向けると、開かれた頑丈なドアから入って来たのは私の両親だった。何処からも懐かしい気持ちが沸き出てこない辺り、やっぱり私達の間柄は家族ごっこでしかなかったんだなぁと改めて実感する。



「これからも僕達は、将来より良い人間を生み出す為に実験を続けて行くよ!」



声高々に言った男の手にはナイフが持たれている。両親はそれを恍惚の眼差しで見ていて、今にも娘が刺されそうになっているというのに拍手まで送っている始末だ。娘っつーか被験者か、私。この男だって結局自分があの世界に入る際は容姿を良くしてみたり、馬鹿みたいな欲を持ってた癖に。なんで人って、自分にはとことん甘くて他人の傲慢や失態は許せないんだろう。

どっちみち世界はくだらなかった。こんな世界にもう未練は無い、そう思い、ゆっくりと目を閉じる。
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