いつもと変わらない風景。 「なんや不二が頼んだやつの方が美味そうやなあ。交換しいひん?」 「嫌だよ、この日替わり定食僕のお気入りだもん」 近くのカフェでランチ。目の前には同僚の白石と不二、隣には柳。遠くの席では若君と長太郎君が先輩達と座っていて、彼らはもう食べ終えたのか食後のコーヒーに口を付けている。外の気温は26度、例年よりちょっと暑いくらいの天気だけど、そこそこ風もあって気持ち良いくらい。 いつもと変わらない風景。勿論、私の心情も何も変わらない。 「そういえば今度、謙也とテニス部同期会しよーて話しとってん。不二も柳も来るやろ?」 「へえ、楽しそうだね。青学でもしばらく集まってないしいつ振りだろう、皆に会うの」 「予定が合えば勿論参加しよう」 「この際豊崎も来たらええやん」 白石はそう言うとなあ!と2人に同意を求め、それに2人も歓迎するように頷いてくれた。でも流石にそんな所に1人で行くのはアウェイにも程があるので、2次会があれば行くとだけ伝えておく。 不思議なもので、つい一昨日までは頭がかち割れそうな程悩んでいたのに、今の私は非常に清々しい気分だ。それもこれもあの田中和雄さんのおかげで、泣きながら話してくれた事実は確かに有り得ないものだったけど、おかげで随分と心が晴れた。つまる所人生は割り切りが大事という事で。 「ほな2次会は仁王の店やなー」 「最近売上が好調だと言っていたが、これで更に上がるな」 「そりゃあね、周りにこんなに常連になってくれる人がいれば苦労しないわよ」 そういう訳で私達はランチを済ませ、不二が万札しか持ってないというので不二にそれぞれ代金を渡してカフェを後にした。冷房の効いていたカフェとは違って外はちょっとむっとした空気になっている。そんな中でも私達は颯爽と歩き、5分後にはまた冷房の効いているオフィスに戻った。 私達を見て嬉しそうに挨拶をしてくる同僚や後輩も、感心そうに挨拶をし返してくる上司や先輩も、受付嬢も清掃員も他会社の来客も警備員も郵便配達員も、全部なーんにも変わらない。 知ってしまったものは仕方ないよね。 何処からかそんな声が聞こえる。それが自分のものなのか他人のものなのか、はたまた最近見ないあの男のものなのか、その辺りはよくわからない。でも良いの、そんな事は関係無い。目の前だけの現実に目を向けてたって、何の意味も無いんだもの。 *** 「あら、偶然」 「あ。おかえり豊崎」 「ただいま。幸村もおかえり」 「ただいま」 終業後、何処にも立ち寄る事無く自宅に帰るとちょうどエレベーターの前で幸村に会った。あの日一度ヤッて以来も何度か体の関係はあったけど、それでも気まずくなる事無く普通に挨拶を交わせるのはそれが私達の普通だからだ。別にヤッたくらいで何かが変わる訳じゃない。 適当に話しつつエレベーターが到着するのを待ち、着くなり幸村は当たり前のように私の家に入って来た。まぁどうでもいいやと思いつつスリッパを出し、飲み物は勝手に飲んでいいと前から言ってあるので各々適当に過ごす。 「どうせなら一緒に住むのもアリだと思わない?」 「あはは、冗談やめてよ」 「やっぱ冗談にしか聞こえないか」 素っ頓狂な事を言って来たので背を向けながら相槌を打つと、幸村にしては覇気の無い返事が返って来た。だから何事?と思って視線を奴に移す。するとそこには、いつもよりちょっとだけ情けない顔をした幸村が居た。 「お腹空いた。ビールも飲みたい。何か作ってよ豊崎」 「うん、余り物しかないけどね」 数秒目を合わせた後にはそんな風にまた通常通りになったので、私も深く問い詰める事無く次はキッチンに向かう。面倒臭いから炒飯でいいや、ビールにも合うだろうし。具材は何にしようかなと冷蔵庫を覗いていると、不意に背中に大きな温もりを感じた。振り向かなくても分かるそれにおぉこう来たか、と内心舌を巻く。 「もしかしてもう飲んで来たの?」 「酔いに任せなきゃこんな事出来ない程ヘタレじゃないけど、俺」 「今まで体の関係しか無かったのによく言うよ」 「確かに。中々言い出せなかったのは認めるよ」 幸村にしては珍しい自虐めいた口調を聞いて、いよいよ冗談でかわせない所まで来たかとこの状況が作られてしまった事に眉を顰める。とりあえずは言うだけ言わせる事にして、再度口を開いた幸村の言葉を待つ。 「親友の好きな子と定期的に寝るっていう背徳感、確かに嫌いじゃないよ」 「性悪だもんね」 「あぁ。でも、此処まで非道な面は流石に誰にも見せれない。豊崎にしかね。結婚願望も無いし彼女も欲しいとは思わない。それは相手が君であっても変わらない」 「そう」 「でも、なんだろう、俺のこういう面を知ってるのは豊崎だけであって欲しいし、またその逆も然りだ」 「今の所は幸村だけよ」 「今だけじゃ嫌だ。この先もずっと」 「それって私に惚れてるの?」 「わからない」 「私は幸村のものにはなれないよ、かといって誰のものでもないし私自身のものですらない」 「駄目なの?」 「無理なの」 何、何、何この茶番!心の中で繰り返される疑問に答えてくれる人は誰もいなくて、幸村は結局そのまま私を押し倒し、床の冷たさを背中に感じながら腰を振る奴を私は酷くボケッとした表情で見つめていた。 |