「お姉さん、ついでに俺のも淹れてもらえまっか?」



独特なイントネーションの低い声が耳に入り、私はお茶を用意していた手を一度止め後ろを振り返った。目線の先には此処、給湯室の入口のドアに腕を組んで寄りかかっている丸眼鏡の男の人がいて、誰だこの男と思いつつ一応頭を下げておく。



「自分やろ、柳、不二、白石と一緒におるインテリア課の豊崎律子て」

「なんですかそれ、本当に噂になってるんですか?」

「まぁなっとるっちゃなっとるけど、それ以前に俺は綺麗な子には目があらへんからなぁ」

「そうですか。ありがとうございます」



言っている事はまさにチャラいのだけれど、それを感じさせないのはこの物静かな佇まいと、品のある雰囲気が関係しているのか。後は、丸眼鏡の奥にある端正な顔立ちもか。ていうかそれが9割か、イケメンなら何でも良いみたいな。さぞかしモテるんだろうなとは思いつつも、今の私のこの顔だったら逆にそう言われるのがもはや当たり前なので、いつもの事だと適当に受け流しておく。



「俺もあいつらと同じ部活仲間やってん、仲えぇんやで」

「…あ、まさか侑士?」

「最初から名前呼びとはこれまた大胆な」



そこで私は昼休みの会話を思い出し、掘り返された記憶から出てきた予測をそのまま口に出してみた。勿論名前で呼んだのに深い意味はなく、謙也の方の忍足と区別をつけただけだ。で、私の予測はバッチリ当たったらしい。商売の口も上手くて、女の口説きも上手い…んー成程、と勝手に心の中で感心する。



「忍足さん、仕事に戻らなくていいんですか?」

「いきなり謙虚やな。名前でええて、どうせ謙也と混じって面倒やろ」

「あっちの方は忍足って呼び捨てにしてますから。忍足さんは一応先輩でしょう?だからお構いなく」



そう思っていると、忍足さんは徐々に距離を縮めてきた。それを感じてあ、これ来られたら面倒だな、と一瞬にして察したので、釘を刺す為にも営業スマイル全開で拒否を表す。が、忍足さんは私のその思惑にも気付いたのか、喉をクツクツと鳴らしながら隣に立って来た。



「自分、その容姿自覚しとるタイプやろ」

「そんな事ありませんよ?何の事だかさっぱり」

「好きやわぁ自分みたいなタイプ」



クールかと思いきや無邪気な笑顔を浮かべながら、子供をあやすようにそっと頭に置かれた手は忍足さんのイメージとは反して、なんだか優しい感じがした。きっとこうやって女によってギャップを使い分けているんだろう、この器用さは是非とも真似したい。

そう思い忍足さんの事をジッと見上げていると、突然額に暖かい感触が降ってきた。でもそれは一瞬の事で、忍足さんはそのままヒラヒラと手を振って給湯室から出て行った。1人残された私は唖然とし数秒立ち尽くしたけれど、すぐに上司達にお茶を届ける為におぼんを持ってその場を後にした。一応忍足さんの為にと用意したお茶は、そのまま水道に投げるように流して食器も洗浄機にぶちこんでおいた。

折角この容姿になったんだから男遊びするのも悪くないけど、こんなにもサラッと奪われたのは癪だ。例えそれが額でも、易々と触れられた事が不快極まりない。



「見事な捨てっぷりたいねぇ」

「そりゃどーも」



給湯室を出る時に入れ違いになった、長身のツイストパーマっぽい頭をした男にはほぼ八つ当たり口調で返事をし、そのまま自分の課に戻る。後ろから聞こえた男の笑い声がこれまたやけに耳に付いて、腹いせにお茶に雑巾の絞り汁でも入れてみようかな、なんて古典的な考えが頭の中に浮かんだ。そんな自分が馬鹿らしくて、私も笑った。

かつてはそうなって欲しいと思ってしていた願い事って、結局何の意味があったんだろう。
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