「何だこれ」



図書館を出てから数歩歩いた所でふと立ち止まり、自然とそんな感想が口から漏れ出た。ちなみに今出た図書館は6つ目で、これでここらへんにある図書館(小さいものも含め)は全部回った事になる。

にも関わらず、だ。

新聞記事が保存されているファイルは、何処も揃いも揃ってそこだけもぬけの殻だった。去年の4月の新聞を順番にめくって行って1日分だけ無いのだというのだから出来過ぎた話で、しかも各館の図書館員に確認を取って貰っても全員「申し訳ございません、只今所在が不明でして閲覧出来ない状態となっております」。ふざけんな役立たず共。今行って来た6つ目の図書館では直接あの怪奇事件の事を聞いてみたけれど、どいつも顔を顰めるだけで詳細はおろかその事すら知らないようだった。やっぱり役立たずだ。

パソコンで調べてみても結果は同じで、こっちは被害者の本名まで知っているというのに有益な情報はヒットしなかった。という事はつまり。



「(よくもまぁ私の為だけに気持ち悪い怪奇事件を作ってくれたなぁ)」



そういう事だろう。これが私にとって何のヒントになるかは結局あの男しか知らない訳で、そしてそんな大事な時に限ってあの男は出てこない。何処までも都合が良すぎて次会ったらぐちゃぐちゃに殴り殺したい衝動に駆られそうだ。それこそ私の為だけに殺された榊原恵のように。

1日で沢山の所を回ったせいで今日はもう疲れた。おかげでずっと醜い感情を持ちっ放しで、いい加減この事に頭を使うのをやめたい。そう思った私は早足で近くの駅に入り、改札を通って電車を待った。次の電車が来るまで後3分、その時間さえも長く感じどうせならタクシーに乗れば良かったと瞬時に後悔の念が押し寄せる。



「あれ、律子さん?」



そして、その声によって更にそれに拍車が掛かる。



「…え?どうしたんですか、怖い顔して」



なんで、なんで今なの。見られちゃ駄目だ。でもどうしようもない!

困惑、拒否、混乱、色んな負の感情が混じった今の私の顔は、きっと見るに堪えないくらい歪んでいる。普通の人はそれを見抜けないけど、この人は違う、越前リョーマは違う。私の本当の顔が彼の目には映る。主人公補正とかいう馬鹿げたおまけのせいで、見られる、全部。



「見、ないで」

「律子さん?」



朝から1日中張り詰めていた私の表情を今この瞬間に変える事は到底不可能で、怪訝そうに顔を覗き込んで来る彼から必死に顔を逸らす。自由が効かなくなって来て、口が不自然に開き、目玉が剥き出るほどに強調され、喉が焼かれるように熱く変な呻き声が出て来る。そんな私をいよいよおかしく思った越前リョーマは私を抱えるようにして支え始め、すると、何かがプツンと切れた。

多分「触るな」って言いたかったんだと思うけど、実際に出た言語は自分でもよく聞き取れなかった。



「ちょ、何があったんすか!」



掴んで来ようとする手を必要以上に振り払ってから、閉じている改札を無理矢理通って外に出る。



「うわ、すげえ美人が走ってる!」



だからどうして?なんで?なんでそんな目で見るの?こんな基地外みたいな行動取ってる女の事をなんでどいつも嬉しそうに見るの?

一度死んだ以上、適当に過ごしてちやほやされていればそれで良いと思っていた。そうしてればどうせまた勝手に消える。でも、限界があった。作り物である彼らを作り物だと割り切るには、まだ私の人間らしさが残りすぎていた。何事も客観視していたあの頃にはもう戻れない。近かろうが遠かろうが自分の将来を思う時点で私はこの世界で“生きている”。

受け入れていたつもりだった。理解していたつもりだった。全部つもりでしか無かった。無関心を装うには、彼らを知りすぎてしまった。



「大丈夫ですか?」



人気の無い路地裏にも人は来るもので、うずくまっている所に聞き覚えのない声が振りかかってくる。恐る恐る視線を上げれば、その人も前かがみになっているのかまず最初に首からぶら下がっているのであろう社員証らしきものが目に入った。会社名が書かれている表面を向けられていたのが、その人が少し動いた事によって裏面に切り替わる。中年にしては整った顔立ちの男性の顔写真と、名前。田中和雄。なんの特徴も無い、勿論見覚えも、

ある!



「体調が優れないのです、?」



勢いよく顔を上げて田中和雄と目を合わせれば、予想通りに表情が固まる。見つめ合う事数十秒後、田中和雄の顔が酷く歪んで瞬間膝から崩れ落ちる。

どうして。どうしてお前が此処に。恵。何故。嗚咽と共に問われる疑問には、勿論答える術がない。



「教えて下さい、榊原恵の事を」



何も考えずに出した言葉は、田中和雄の涙腺を刺激するには充分すぎたのかそのまま声を上げて泣き始めた。いや、どうでもいいの。貴方を慰めるつもりはないの。いいから教えて早く教えて今すぐ教えて。お願いだから、私がなんなのかを教えて。
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