「今日はありがとう。美味しかったし、良い気分転換になった」

「それなら良かった」



イタリアンの後はもう1件バーに行き、時刻が23時を回った所で私達は店を出た。今はいつも通り柳が送ってくれた帰り道で、もう目の前には私のマンションがある。バーを出た時から自然と繋がれていた手をほどこうとすると、柳は名残惜しいのかきゅっと力を強めて来た。



「珍しく酔ってるのー?いつもより甘えん坊だね」

「うるさい」



からかうように顔を覗き込んだ瞬間、唐突に唇を塞がれ言葉を無くす。口内に広がる味は酒独特のそれで、柳が最後の1杯に飲んだモヒートの香りが鼻腔を掠めた。柳が私に惚れてから約1年、この人の性格上私以外の女とは遊んだりもしていないだろうに、なんだこのキスの上手さは。くちゅくちゅという生々しい音は静かな住宅街によく響き、ついでに少しだけ声も出してみれば更に興奮したのか、細い割に逞しい両腕でグッと腰を引き寄せられる。



「やな、ぎ」

「…無理して笑うな。泣きたければ泣け」



泣きたければ泣く?ん?なんで?…あぁ、そっか私両親死んだんだった!酔いのせいですっかり忘れていたその事に、心の中で両手をポン!と合わせる。そりゃあそうか、両親が死んですぐにこんなピンピンしてたら誰でも不思議に思うだろう。私にとっては至極素だったのだけれども、柳からするとやはり気丈に振る舞っているようにしか見えなかったらしい。民子さんといい柳といい、本当にお優しい事で。

だから私はその優しさを無碍にしない為に、民子さんに向けたものと同じような弱々しい笑みを浮かべた後に、一瞬顔を歪ませてから柳の胸に顔を埋めた。此処まで来ると嘘泣きくらい朝飯前だ。



「俺がついてる」



やだー柳ったら三流ドラマじゃないんだからー!とツッコミそうになるのを堪え、私はコクコクと頷き小さくを鼻を啜った。実際涙はほんの少ししか出ていないけれど、こういう動作を加えておけばまだ泣いていると思われるだろう。それに、あんまり涙を出して化粧が崩れるのも嫌だ。

優しい手つきで頭を撫でてくる柳から離れたのは、それから5分後だった。顔を上げる前に涙を拭ってから、もう一度ニコリと笑みを浮かべる。



「ありがとう。本当にありがとう、柳。あと…ごめ」

「謝るな」



建前上言っておいたほうが良いかと思った謝罪は、柳の人差し指が私の唇に当てられた事により止まった。そして最後にもう一度軽くキスをして、柳はそのまま背中を向け帰って行った。

どうせなら家まで入ってくれちゃっても良かったんだけど、そこは律儀というか。一応柳にも境界線があるらしい。キスは良くてセックスは駄目なんて私別に箱入り娘じゃないんだけど、と思ったのは掻き消し、エレベーターで自分の階まで上がる。

そうしてエレベーターが止まり廊下に出ると、私の家の前に幸村が立っているのが目に入った。腕を組んで口元に弧を描いている彼は、私を見るなり早くおいでという感じで手招きをし、それに従い私も小走りになる。



「びっくりした、幽霊かと思った」

「道端でディープなんて随分大胆じゃない?」

「…見てたんだ」



サラッと大胆発言をした幸村の表情にこれと言って変わりは無く、いつも通り何を考えているのか分からない笑顔だ。概ねベランダから見たんだろうけど、だからといって何で私を待ち伏せしていたのかまではわからない。



「1つ聞くけど、豊崎って別に蓮二の事恋愛として見てないよね」

「それって質問?それとも確認?」

「奴の親友からすると、あまりにもむごくて」



なんだなんだ説教か?昔セックス寸前までいった仲だというのに。若干面倒臭いと感じたのは表情には一切出さず、私は困ったように眉を下げた。途端、幸村との距離がグッと狭まる。



「後、俺にとってもむごい。あんな気持ちよさそうな顔しちゃって」



耳元で囁かれた言葉に驚いて目を丸くすると、さっきの柳のとは違う、まるで嵐のようなキスが振りかかって来た。息が荒く乱れ、油断すると腰から砕けていきそうだ。

幸村とのキスはこれが初めてじゃない。でもこの人は自分が気に入った女になら誰にでもこういう事をするタイプだと思っていたから、今の台詞とこの余裕の無いキスは意外だった。恋愛なのかただ単に独占欲なのかで聞かれると微妙な所で、もしかしたら親友の想い人という背徳感に惹かれているのかもしれない。ひっどいなぁ、昔からの付き合いの癖に。



「いけないんだ。柳が知ったら絶交モノじゃないの?」

「そんな誰も得しない事、豊崎はしないでしょ?」

「しないけど」

「蓮二もなんで気付かないのかなぁ」



こんな悪い女なのに。そうからかうように言ってきた幸村の口調は、半分本気だ。

誰にでも好かれる人、というのは、すなわちその人に合った性格を作る事が出来る人である。例えば柳は、仕事熱心で基本的には完璧だけど、ふとした時に弱さや女性らしさを感じる私が好きだ。それに反して幸村は、完璧の裏に秘められた腹黒さ、強かさを隠す事なく堂々と出している、良くも悪くも潔い私が好きだ。



「家入る?」

「いいの?昔は蓮二にしつこく止められたから俺も最後までやらなかったけど、今日はやるよ」

「いいんじゃない?」



世界三大珍味と銘打たれているキャビア等を人々が食べたがるのと同じ原理で、男が良い女とセックスしたいと思うのは極普通の事だ。その逆はまぁ人によって違うだろうけど、男は上半身と下半身で違う生物とまで言われている。

でも、幸村はそれだけじゃないだろう。親友の想い人だからと一応区切りをつけていたそれは、さっきのキスで完全に無くなったと思う。幸村は良い女では無くて、私を欲しているのだ。

シャワーを浴びてバスローブを羽織り自室に戻ると、事は早々に始まった。こっちに来てからセックスはしていなかったからそろそろしてみるか、と思ってしてみたけれど、特に私の中に大きな変化は現れなかった。そりゃそうか、セックスで何かが変わるってどこのAVだってね。
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