と、思っていた矢先だった。



「わかりました。はい。明日の午後には到着出来ると思います。わざわざありがとうございました。はい、失礼します」



家に着くと同時に鳴り響いた電話を取れば、内容は―――訃報だった。聞き慣れないその声は私の両親に当たる人物のホームヘルパーのもので、つい今さっき父が事故で死に、それを聞いた母が発作を起こしてそのまま追うように死んだらしい。

なんてデキすぎた話だ。

人が勘繰ろうとした矢先に標的が無くなるなんて、自分以外の誰かにも勘繰りをかけ始めた奴がいるんじゃないかとさえ錯覚する。「律子さん、お久しぶりです」と声をかけてきたあのホームヘルパーは、私とはどんな間柄だったのか。そもそも両親と私がどんな関係だったのかも知らないけど、1年以上互いに一度も連絡を取らなかったしそんな大したものでは無かったのだろう。前の世界でだってそうだった。

とはいえ、一応喪主にあたる私が葬式に参列しない訳にはいかない。親族への訃報だとかそういうのはもしかして私がやらなきゃいけないのだろうか、という不満はどうやら杞憂だったらしく、私の叔母と名乗る人物から早速電話が来た。



「残念だったわね…何か出来る事があれば何でも言ってちょうだいね」

「ありがとうございます」



生憎叔母の名前までは知らないから、その辺りは参列者リストを見て確認しなければいけない。電話口は適当な言い繕いでごまかして、私はそのまま静かに受話器を置いた。誰が手配してくれているとかは追及しない。した所であの男が出てきても困る、というか面倒臭いから、私は与えられた仕事をただこなせばいい。喪主なんてやった事無いにせよ、今の私に出来ない事なんて無いのだから。

それとこれとは別に、1番面倒なのは一度実家へ帰らなければならない事だ。免許証の裏に記載してある地元の住所を今一度見て、パソコンで最寄りの空港やそれからのルートを検索する。随分と田舎だなぁ。車なんて運転しないから免許証の存在自体忘れてた。更新まであと4年後あるけど、果たして4年後私はどうなってるんだろうなぁ。ま、それこそどうでもいいか。

クローゼットの奥にあった喪服を取り出し、スプレーをかけて自室に干しておく。課長に連絡を入れるついでに柳にもメールをして、いない間のフォローを頼んでおく。なんだか面倒な事になってしまった。



***



「…どういう事だ」



空港に到着した時点で閑散とはしていたが、タクシーを使って此処まで来ると更にその度合いは増した。閑散どころか隔離されているんじゃないかというくらい田舎だが、確かに表札には豊崎と書かれている。

そして、その横には“葬儀会場”という看板も立てかけられている。

場所が場所だからか中に入っていく人はほとんどいない。しかしあまり正面からジロジロ見ても怪しまれるので、目立たない木陰から中の様子を窺う。目を凝らして玄関を見ればそこには喪服姿の豊崎もいて、俺は思わず唾液をゴクリと飲み込むのを抑えきれなかった。



「参列者の方ですか?会場はあちらになります」

「あ、いいえ」



あまりにも呆然としすぎていたのか、すぐ近くまで親族と思える男が来ている事さえ気付かなかった。そんな通常では有り得ない失態になんとか冷静さを取り戻し、今一度男に頭を下げてからその場を立ち去る。

明らかにおかしい。何かがおかしい。これまではただの予感だったものがこの光景により歴然としたものになり、俺は豊崎家から逃げるようにただ走った。この辺りではタクシーは呼び出さない限り捕まらないだろうと思ったので、さっき乗ったタクシーから電話番号が記載されているカードを取っておいた。だからすぐにそれにダイヤルをし、帰りの飛行機まではまだ時間があるが早急に来るよう頼む。

来ては行けない所に来てしまった、まさしくそんな感覚だった。



「あれ、さっきのお兄さんじゃないですか。もう用事はお済で?」

「えぇ、まぁ」



15分程して来たのは行きのタクシーと同じ運転手で、田舎特有の柔らかい雰囲気を持った初老の男性だった。普段なら面倒だと感じる内容がスカスカの会話も、今は気を逸らすには丁度良い。



「ねっ、何も無かったでしょう。貴方みたいな都会人が此処に来ても退屈だろうなとは思っていたんですよ。あ、これ悪い意味じゃないので」

「えぇ、お気遣いなく。貴方は昔から此処に?」

「生まれも育ちもずっと此処ですよ。この町の事なら誰よりも詳しい自信がありますね」



そう言ってにっこりと笑った男性は、早く此処から逃げ出したい俺とは違い心底この土地を愛しているのだろう。…ならば、豊崎の事も知っているのか。此処まで来て得られた情報があの光景だけというのもあれなので、俺はその疑問をオブラートに包んで男性にぶつけた。



「あっちにある奥まった家って、豊崎さん家の事ですか?」

「えぇ」

「そうだねぇ、場所も場所だからご近所付き合いは滅法無かったですねぇ。1人娘が凄く綺麗らしくって、町中の若者は皆彼女の噂をしていたみたいですけど、それも彼女が東京の大学に行ってからはめっきり」



滅法無かった、といいつつ豊崎が上京している事は知っている辺りがやはり田舎だ。別にこの男性に俺が豊崎の事を質問をしようが、これが本人に伝わる事は無いだろう。車は火葬場へ向かう車を使うだろうし、口ぶりからして豊崎に会った事がないであろう男性があいつの顔を認識する事も無い。

そんな言い聞かせるような言い訳を頭の中で並べた所で数少ない信号に捕まり、車は停止した。「渡った所で誰も見ちゃいないんですけどねぇ」と苦笑混じりに言った男性には、俺も苦笑で相槌を打つ。



「両親については何も知らなくてねぇ、まぁ存在感が無いというか。今彼らが何をしてるのか知ってる人なんていないんじゃないでしょうかねぇ」



まさか棺桶に入っているとは言えまい。



「そんな感じで、着きましたよお客さん」

「はい、ありがとうございました」

「いいえ、つまらない町でしょうが機会があればまた是非」



勿論それが社交辞令なのは百も承知なので、俺も曖昧に笑って頷いておく。

結局、この目で見ても人伝えに情報を得ようとしても、何1つ分かった事は無かった。ただただやり切れない焦燥感のようなものが胸を疼き、ギリギリではあるが早い便に空席が余っていたのでそれを取り直す。

そして飛行機に揺られ、19時には再び羽田に到着した。念の為明日も有休申請を出しておいたがこの時間ならそれも取消でいいだろう。ただ、今は何もやる気にならない。俺の頭の中には、いつもより化粧は薄めだったが大層綺麗な喪服姿の豊崎しか浮かばなかった。
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