「来るの早いっすね」



言いつつ越前さんは脚立から軽やかに降りて来て、「久しぶりっす」と軽く頭を下げた。それに対し私達も各々声をかけ、積もっていた話を崩す。

先週幸村と小春の店にお邪魔した私達は、今日は越前さんの店に来た。リフォーム企画が終わってから来た事は数える程しかなかったので、微妙に変わっている配置や装飾にまた関心が募る。相変わらず気の良さげな店主さんにも挨拶をした所で、私達は早速越前さんの説明と共に家具の物色に入った。



「このベッドライト、先月入ったばっかなんすけど結構売れてるっすよ。あとこっちのアロマヒューザーは王道アイテムっすね。入荷してもすぐ在庫なくなるんす」

「珍しいデザインだもんね。アロマオイルの種類も沢山あるし」

「これはオリジナル商品か?」

「っす。ウチんとこ女社長なんで、匂いものに目がなくて」

「お、ジギタリスもあるやん」



白石がそう言って興味深々に手に取ったのは、今言った通りジギタリスと書かれたアロマオイルだ。名前はなんとなく聞いたことがあるそれはどうやら毒草らしく、歩く毒草図鑑の白石が食いつかないはずがない。それを知っている私達は目を合わせ、いつもより子供っぽい白石を見て笑った。



「価格も手頃なんで良かったら買ってって下さい」

「商売上手いなぁ越前君。ほなこれ貰うわ」

「白石は乗せられ上手だね」



不二の的確なツッコミにまた笑って、物色を続ける。



「ウチは主な家具よりも細々としたものの方が多いんで、そこらへんは幸村さんとかの店で補って下さい」

「あぁ、最初からその予定だ。でもあの棚は捨てがたいな」

「それ私も思ってた!」



柳が指差したディスプレイラックを見て、私もさっき同じ事を思っていたので思わず興奮する。「大はしゃぎやな」と背中を叩いてきた白石は、ついさっきは私が笑う立場だっただけにちょっと悔しい。仕方ないでしょ、可愛いものは可愛いんだから。越前さんもそんな私を見て少し笑い、でも丁寧にラックの説明をし始めてくれた。



「ウチの店にしては値段が高めなんで売れ行きはまずまずなんすけど、良い所から取り寄せてるんで品質は確かっすよ。さすが柳さんと豊崎さんっすね」



良い所というのは何処か聞きたかったけど、そこは企業秘密らしい。

それからも閉店まで物色を続け、結局ディスプレイラックも含め計10点を採用する事にした。主な家具はラックだけで、後は越前さんも言っていた通り鏡やアクセサリー掛けなどといった細々としたものだ。それでも良い収穫になった事には変わりなく、特に白石に至っては最初の個人的な買い物がよっぽど気に入ったのか、早速封を開けて匂いを楽しんでいる。



「それにしても悪いね、コーヒーまで」

「いえ、どうせ閉店後も作業あるんで」

「こんな小さい店のアピールをしてくれるんですから、むしろ当然ですよ。レジ締めが終わるまでの短い間ですが、どうぞゆっくりしていって下さい」



そこで店主さんが不二と越前さんの会話に入って来て、私達も一度腰を上げ改めてお礼をする。今回の企画は街中の広場にて無料展示される事になっていて、個人の力量だけでは無くその店のアピールも出来るのが魅力だ。とはいえ展示されるのは優秀作品の何点かだけと決まっているので、もし店主さんがそれを知ってて言葉をくれたのならとても有難い。ま、どうせ選ばれるだろうけどね。

店内にある小さなカフェで少し寛ぎ、レジ締めが終わる前に私達はその場を後にした。明日はまた小春達の店に行って、明後日は幸村達の店に行って。きっとこの店にも後何度か足を運ぶ事になるだろうけど、とりあえず越前さんの居る場所であの男が現れなくて良かったと胸を撫で下ろした。



***



「へー、じゃあもうほとんど決まったんっすね!」



棚の掃除をしながら嬉々とした表情で話しかけて来た赤也君に、私達は笑顔で頷く。

昨日の収穫を含め今日会社でデザインを描いてみた所、概ねの家具が揃った事が分かった。勿論随時チェックはしていたものの、こんなに早く決まるとは思ってもいなかっただけに意外だったのだ。課長にも流石だと褒められたし、後は最終調整に向けての準備といった所か。

そんな訳で今日も小春達の店に来たのだけれど、余裕がある事が関係してか物色よりも雑談の方が進んでいる。例外なくもう閉店前なので客足はほぼ無い。



「凄いなぁ、まだ2週間くらい期間あるでしょ?」

「流石に怠けてる訳にはいかないから違う店も物色する予定だけどね。多分変えないよ」

「品揃えがえぇ店に感謝やなぁ」

「不二君も蔵リンも口が上手いんだからーっ!」



2人は小春に抱きつかれるなり少し困った笑顔を浮かべ、私達は勿論それを見て笑う。キヨもふざけて更にその上から抱きついてみたりして、一部の女子にこの写真いくらで売れるかな、なんて考えた。



「でも、そういうの聞くとインテリア課もいいっすねー。俺には絶対出来ないと思って接客に配属希望出したけど」

「あぁ、その読みは合ってる。お前には出来ないからやめておきなさい」

「柳さんひどー!!」



申し訳ないけどここらへんのフォローは出来ない。ただインテリアをコーディネートすると言っても簡単な事では無いし、ウチの事務作業を彼がこなせるようになるまでは結構な時間がかかるだろうし。そう思ったのは皆も一緒なのか、まぁまぁとなだめるだけでフォローを入れる人は誰もいなかった。流石に可哀想か。



「俺だって頑張れば…」

「でも、難しい事でずっと頭悩ませてるよりも笑顔で接客してる方が赤也君には合ってるよ。向き不向きがあるのは当然でしょ?」

「…はい!」



馬鹿な所もこういう単純な所も可愛いというか役得というか。とりあえず機嫌が直ったのを見兼ねて、この前はざっくりとしか見れなかった箇所を各々じっくりと見始めた。



「やっぱりアロマ系は人気が高いのね」

「始まりは流行からだけど、売り上げはずっと平均して高いね。アロマ空気清浄機、加湿器なんかも出てるし」



私の説明役に付いてくれてるのはキヨで、その不真面目そうな外見とは裏腹に1つ1つの商品をしっかり把握している事が言葉の節々から窺える。伊達に浪人した訳じゃないみたいだ。



「とまぁ俺の説明出来る範囲ではこれくらいかな。なんか気に入ったのある?」

「色々ありすぎて迷うわ。それにしても分かりやすい説明だった、ありがとう」

「こう見えて好きな事には一直線なんだよ」



自分でこう見えて、という所からして一応自覚はあるらしい。それでもその髪色と言動を変えようとしないのは、わざとそう見せているという意味もあるのか。そんな探りを入れながらまじまじとキヨの顔を見ていると、案外本気で照れたのか少し仰け反りながら言葉を返してきた。



「そのびっくりするくらい綺麗な顔を近付けられると、普通の男は変な気分になっちゃうよ」

「だから最初私の顔を見た時驚いてたの?」

「…気付かれてたんだ」



でもこれには苦笑ときたから、理由はまた他の所にあるらしい。なんだかんだで気になっていた事を図らずも知る機会が出来てちょうどいい。そんな軽い気持ちでキヨが話し出すのをジッと見つめて待っていると、彼は観念したようにポツリポツリと話し始めた。



「昔の知り合いに似ててびっくりしたんだよ」

「…へぇ、それって彼女?」



こんな美人に似てる女が早々いるとは思えないだけに、その回答は俄か信じがたかった。だから嫉妬している感じで探りを入れてみれば、案の定引っかかってくれて「いや!彼女じゃないよ!重ねてる訳じゃないから!」と焦ったように弁解される。その調子だ、その女の素性を教えて。



「大学の頃の話だから、まぁ俺も遊び盛りでね。彼女ではないけど」



平たく言ってセフレだろう。今の私は誰からも好意を持たれるようになっているから、私の前でそれを言いたくないのは分かるけど別にそれはどうでもいい。いいから早く、早く!



「キヨって大学何処?」

「K大だよ」



違う。私が卒業した事になっている大学じゃない。



「その子って同い年?」

「うん、同い年だった」

「だった?」



兎に角何でもいいから情報が欲しかった私は、怪しまれない程度に質問責めをしていこうとあくまでも日常会話のテンションを心がけながら相槌を打っていた。でも、それは2問目で呆気なく躓いた。

同い年だった。

含みのある言い方と若干気まずそうなその表情に、浮かび上がってきた嫌な予感が容赦無く胸を刺す。お願いだから言わないで、そう懇願している矛盾は表には出ていないはずだ。それでもうるさく鳴っている心臓は止められず、私を一瞥して目を伏せたキヨに視線を送り続ける。

そして。



「死んだんだ、その子」
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