「おい!豊崎!」 「あら」 無事入社式を終え買い物でもしようと街中に出ると、駅のホームで誰かと待ち合わせしているのであろう丸井とばったり遭遇した。初めて見る私服は意外にも落ち着いていて、いつものあどけなさがグンと低くなった気がする。 「そっか、今日入社式か!お前祝辞読むって言ってたもんな。どうだった?」 「おかげさまで、ばっちり決めてきたわよ」 「さっすが」 それでも話し始めるとやっぱり丸井は丸井で、その天真爛漫さにこっちまで笑顔になる。それから少し立ち話をしていると、ふいに彼の名前を呼ぶ元気な声が私達の耳に入った。だから素直にその声のした方へ視線を向ける。 「ごめんねー寝坊しちった、って!わわ、もしかして豊崎律子ちゃん!?」 「そうですが」 「うおぉお本物だー!すっげー!」 するとそこには、確か跡部と同じ会社の金髪の人がいた。一度しか見た事が無い上にそれも1年前の話だけど、このふわふわした金髪は結構印象的だったからなんとなく覚えている。そして、彼も彼で周りから私の事を聞いていたのか、非常に興奮した様子で握手を求めてきた。そんな喜ばれるような人材じゃないんだけど、という謙虚。 「俺芥川ジロー!皆から話聞いてて、ずっとおめぇに会ってみたいって思ってたんだ!」 「そうなんだ、ありがとう。これからよろしくね」 「うん!よろしく!」 「気を付けろよ豊崎、ジロ君1回懐くとしつこいから」 そう言う丸井の表情は満更でもなさそうで、2人は同い年だというのになんだか兄弟みたいだ。というのも、中学の頃に丸井のテニスセンスに芥川が惚れ込んで、そこからガンガンアプローチをしかけたのが始まりらしい。何その恋人の馴れ初めみたいな感じ、と正直思ってしまったのは心に留め、それからも私は2人と随分話し込んだ。 「芥川は跡部と課も一緒なの?」 「ジローで良いよー!俺も律子って呼ぶC」 「わかった」 「うん、跡部とは昔からずっと一緒なんだー」 次々に変わる話題に着いていくのは中々難しかったけど、まるで金ちゃんのように人懐っこいジローは話していて気楽だった。確かにこれは完全に弟気質だわ。 で、しばらくしていい加減買い物もしたいなぁと思い始めた私は、区切りの良い所で話を終わらせて2人と別れた。まさかここに来て新しいテニス部と関わる事になるなんて予想外だったけど、きっとこれからもまだまだこういう事はあるんだろう。 「跡部に自慢してやろーっと!」 「今度飲み会でも企画してやるよ」 「まじまじ!?丸井君大好きー!」 にしても、ジローは好かれたらちょっと面倒臭い。 *** 「昨日は大成功だったようだな」 「ん、おはよう柳」 翌日。出勤してデスクに着くなり、柳は1番に近付いてきてそんな事を言ってきた。それに隣のデスクの柴崎も、更には周りの人達も便乗してきて一気に賞賛モードになる。朝から賑やかだ。 「皆ありがとう。なんとか噛まずに言えたわ」 「俺の後輩も、豊崎先輩美しすぎます!って興奮してたぜ!」 気兼ねなく話せる柳と柴崎は兎も角、流れに便乗してくる男共はうるさくて少し厄介だ。だから、間が良い所でトイレに行くフリをしてその場を離れた。なんせ昨日から生理だから怠いのなんの。 「今日はご機嫌ナナメばいねえ」 そこで次に会ったのは千歳だ。ちょうど喫煙所から出てきたみたいで、ヤニ臭さと怠そうな感じが妙にマッチしてて色っぽい。というのはどうでもよくて。 「2人は千歳と同じ課になったんだね」 「お久しぶりです豊崎さん!よろしくお願いします!」 喫煙所の隣にあるトイレから出てきた長太郎君と若君に声をかければ、片方は生き生きと、もう片方はクールに返してきた。どっちがどっちとは言わずもがなでしょう。ちなみに長太郎君と知り合ったのはつい最近、今年に入ってからの事で、柳・幸村と仁王の店に飲みに行った時にたまたま宍戸と一緒にいたのがキッカケだ。初めて長太郎君と出会った、満員電車に酔って体調が悪い所を助けてくれた時と同じく、彼はやはりその印象そのままで優しく賢い。 「頼りになる後輩が出来て嬉しいばい」 「先輩が何言ってるのよ」 「下克上のしがいもないですね」 おどける千歳をばっさりぶった切った若君は相変わらずだ。しいて変わった所といえば、あの長くてもっさりしていた髪型がスッキリして男前度が上がった所くらいかな。 そうして他愛も無い話を終えてから私はトイレに入り、用を済ませ、またオフィスに戻った。もう朝礼が始まる時間だからさっきの男共も自分のデスクに着いていて、ようやく静かな時間を過ごせる。 この世界に入ってから1年が経った。今までなんだかんだと愚痴を吐いて来たけれど、私が私で無くなった事によって得た事も沢山ある。だから、今年はあんまり捻くれないでこの世界の私なりに前向きに頑張って行こうかな、なんて、エイプリルフールにしちゃ真面目でつまんない嘘を吐くのはやっぱりやめておこう。 |