飲み会も終わり、私達は仁王に別れを告げてお店を後にした。明日も仕事や学校は普通にあるので各々解散の流れになった時、跡部が呼んだ迎えの車が到着した。このおぼっちゃまが、と心の中で毒を吐いていると、跡部はさも当たり前のように私達を送ると言ってくれた。前言撤回だ。確かに赤也君と若君は2人共大学の近くに一人暮らししているらしいし、私と柳の家もそれなりに近いけど、それでも全員をきっちり家まで送るなんてどんだけ良い人なの?

そうして車を走らせていると、予想はしてたけど車内に最後に残ったのは私だけとなった。若君とあの一瞬のやりとりがあって以来跡部はずっと何か物言いたげにしてたし、なんとなくこうなるとは思ってた。物言いたげといえば柳もそうだったけど、あれは単なる嫉妬だから気にしない。現に、こうやって私が1人車内に残る事もあの人は不満そうだった。



「若と前に何かあったのか」

「別に?会社で飲み会した時の居酒屋で、たまたまばったり会っただけ」



まるで刺すような視線を向けて来る跡部の目を、最初見た時は絶対にこの人に嘘は通用しないなと思った。でも、時間が経つとどうしたものか、私にも余裕と自覚が出てくる。私には何をしても許されるんだ、という自覚が。だから今もこうして息を吐くように嘘を付けていると言う訳だ。

じーっと見据えて来る跡部に負けじと笑顔を浮かべていると、ようやくその視線は逸らされた。全く納得行ってなさそうでも、それで私の本心が見抜かれる事はないし適当に流しておく。



「お前は本当に全くわからねえ女だな」

「謎めいてた方がセクシーじゃない?」

「自分で言ってんじゃねーよ」



天井のシャンデリアがキラキラと車内を照らし、より一層跡部を引き立たせている。私的には、この人を筆頭に皆の方が全くわからないけどね。

それからも跡部は直接は言ってこないものの遠回しに色々尋問して来た。若君とは何処で知り合ったのか、大学時代は何をしていたか、過去にどんな男と付き合ったか、等々。それまではただ単に会話を楽しんでいるだけかなと思ってたけど、最後の質問でこれは尋問だという事に気付いた。だって、プライドが高くて自信家の跡部が、狙っている女の過去の男なんて気にするはずがないもの。

これはもしかして、違う意味で狙われてるのか?



「ミカエル。今日は六本木の家に泊めてくれ」

「かしこまりました、おぼっちゃま」

「何これ、私お持ち帰りされる感じ?ていうか六本木の家って?」

「実家に戻る暇が無い時用に買ってある。ただのマンションだがな」



そこでやって来た思わぬ展開にも、跡部はなんの遠慮もなしに遂行する。私はといえばそりゃあ少しは驚いたけど、まぁどうにかなるだろうという軽い気持ちでそのまま窓の外に視線を移した。窓越しに目が合っている事に、跡部は気付いているのか、否か。



***



豊崎の正体をブチ暴こうと決めたあの日以来、結局俺は豊崎について何1つわかっちゃいない。むしろ疑問は増えて行くばかりで、その事に最近では苛立つようにさえなって来た。



「すっごい綺麗な夜景ね。此処に何人の女の子連れて来て口説いたの?」

「お前が初めてだよ」

「わー、口説かれてる」



無邪気な笑顔で笑い飛ばした豊崎は、そのままジャケットを脱ぎ捨てYシャツとスカートになった。それからストッキングも脱ぎ、生足になる。一体どういうつもりでそんな事をしてるのか気になりその一連の行動を見つめていると、最後に結っていた髪をほどいてから視線を合わせて来た。



「で、どーするの?」



ボスン、とベッドに腰を落とし、いつもと変わらぬ瞳で俺を見上げる。酒の勢いと自分の感情に任せてつい此処まで連れて来ちまったが、俺とした事がこの後の展開を考えていなかった。どれだけ酒を飲ませて酔わせようが、このままセックスをしようが、それでこいつが口を割るとは到底思えない。満たされるものと言えばお互いの性欲ぐらいで、それも相当陳腐なものだ。



「跡部って、今まで願いが叶わなかった事ある?」

「願い?」

「うん、願い。なんでもいいから、小さな事から大きな事まで」



どうしようかと思い迷っていると、豊崎は突然そんな質問を投げかけて来た。

 願い。

確かに大抵の事は全部やってのけて来たし、周りも協力してくれた。だが、中学の頃のテニスについては今でも思い出すと悔しくなる。勿論楽しい事や嬉しい事も沢山あった。というかそれがほとんどだった。その中でも唯一悔しいのは、青学に負けたあの日くらいだろう。

時間が経っても中々風化しないあの悔しさは、それでも疎ましくは思わない。だから豊崎がいう所の願いとはまた違う気がする。そうやってまた色々と小難しい事を考えているうちに、豊崎の方から「無いんだね」と言って来た。



「すぐに思いつくのはねーな」

「本当に?どれだけ小さな事でもいいの。例えば、テストの点数が予想よりも低かったとか」

「満点ばっかだったからな。90点以下なんざ取った事ねえ」

「好きな子に振り向いてもらえなかったとか」

「俺にそんな事があり得ると思うか?」

「なんか、なんか無いの!?」



途端、それまで軽口だった豊崎の口調が切羽詰まったものとなった。いきなりの変化に俺が思わず口を噤むと、豊崎は一瞬ハッとした表情になり、俯き、



「じゃあ、なんで跡部は幸せなの?」



小さく呟いた。



「願いが叶えば幸せなのは当たり前だろーが」

「…そうだね。ごめん跡部、変な事言った」

「っつーかお前が挙げたその例え話は、願うもんじゃなくて自分でどうにかするもんばっかじゃねーか。そういうもんが勝手に叶ってたら、そりゃつまらねぇだろうよ」



俺の言葉を区切りに豊崎は立ち上がり、そのまま何も言わずに唇を重ねて来た。何故このタイミングなのかは謎だが、とりあえず段々と深くなって行くそれに応える。しかし、そうしていても豊崎を手に入れたという気持ちには全くもってならなかった。むしろ、何かの埋め合わせでしか無い気がした。



「私、跡部になりたかったなぁ」



今まで幾度となく言われて来たその言葉は、散々聞き慣れているはずなのに何故か豊崎に言われると妙な圧迫感があった。
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