「まさか仕事でもアンタと関わる事になるなんてね」

「おい、一応取引先だぞ」

「いいじゃん別に」

「まぁ、確かにどうでもいいが」



終業後。俺はあれからジローと大した会話を交わさないまま、明日から本格的にリフォームが始まる越前が働いている店に1人でフラリとやって来た。初めて自分が手掛ける大仕事なのだから、気合が入らない訳がない。店内の設計や、配置・配色はどんな感じが良さそうか、雰囲気だけでも掴めるようこうしてやって来たのだ。それを越前は相変わらず糞生意気な態度で迎えやがった。こいつが素直になってもそれはそれで気持ち悪いから別にいいんだが。

レトロを通り越して若干古臭いとも言える雑貨達を、実際に手に取りまじまじと見つめる。この店舗のコンセプトそのものが俺の趣味とはかけ離れているから、主観的な意見は言えないが客観的な意見くらいは用意しておかねばならない。



「つーか、店主はどうしたよ」

「ちょうど出かけてるッスよ。しばらく戻んないんじゃないッスか」

「新人のお前1人に店を任せるのか」

「別にこの時間客来ないし、店番だけなら誰でも出来るでしょ」



と言いつつも、店内をウロウロしている越前はこの店の物が心底好きなのか、雑貨を手に取っては拭いて、軽食メニューの位置をずらしては悩んで、と相当こだわってるようだ。何がそんなに越前の興味を引き立たせているのか、俺にはまだ理解出来そうにない。



「あ、ていうかなんだっけ、あの人。あの綺麗な人」

「…豊崎の事か」

「そう、その人」



そこで出た昼にも聞いた名前に、俺は少々わかりやすいくらいに嫌悪を示してしまった。それに対し越前は不審そうに顔を顰めたが、俺の感情よりも自分の疑問を晴らしたいという気持ちが勝ったのか、そのまま話を続ける。そしてその話に、今度は俺が不審感を抱いた。



「大丈夫だったの?」

「は?何がだ」

「え?あんたなら絶対気付いてると思ったけど。なんかあの人、かなり体調悪そうにしてたから」



越前は持っていたランプを置き直すと、俺の顔をまじまじと見ながらそんな事を言った。それを聞いて最初に豊崎の会社と此処に来た時の事を思い出すが、まさかこの俺が人の異変に気付かないはずがない。が、いくら思い出しても当時の豊崎に変わった様子は無かった。いつも通りあの綺麗な顔で、姿勢で、声で、堂々と会議に参加していたはずだ。



「跡部か」



越前の視線を無視しながら必死に頭を捻らせていると、ふいに店のドアベルが繊細な音を鳴らした。客でも入って来たんだろうと思い特に気にしていなかったのだが、聞き慣れた声が耳に入って来た事により意識はそっちに持って行かれる。越前も「予定でも合わせて来たんすか」とかほざいてる。



「今日は1人か、柳」

「あぁ」

「2人共熱心ッスね。リフォームが楽しみッス」



声の持ち主、柳は、相変わらず几帳面な着こなしのスーツ姿で俺達の輪に入って来た。そこでようやく近くのテーブルに座り、越前の淹れたコーヒーに口を付ける。



「今ちょうど豊崎さんの話してたんッスよ」

「豊崎のか?」

「はい。前の会議で体調悪そうだったから大丈夫だったのかなーって」



再び掘り返された話題に、やはり柳は俺と同じように眉を顰めた。当たり前だ。俺が気付かないのがありえないのも勿論だが、柳だって相当な洞察力を持ってる。それなのに、基本人に無関心な越前が気付いて俺達が気付かない、だなんて。

異様だ。



「おい、越前。お前は豊崎をどう思う」

「何ッスかその質問、俺あの人と直接は話してないッスよ。綺麗な人だなーとは思うけど」



越前の反応を窺ってから、柳にちらりと視線を送る。普段の打ち合わせの様子を見る限り豊崎はかなり柳を信頼しているようだったし、こいつも満更ではない、むしろ好意を持ってる感じがした。勿論その好意というのは同僚に対してというものではなく、男女間に発生する特別なものだ。それが今はどうしたのか、豊崎の話題が出ただけで辛そうに顔を歪めている。



「柳、お前はどう思う」



それを察した上で、俺はあえて柳にも同じ質問を投げかけた。沈黙が数秒続き越前が困惑し始めてきた所で、ようやく柳は話を切り返し始める。



「怖い、な」



「え」と間抜けな声が漏れたのは越前だ。俺と柳の顔を交互に見て、心底意味が分からないといったような表情を浮かべている。

俺だって意味が分からない。むしろ、この漠然とした感情の意味が分かる奴などいるのだろうか。会う度に増していく興味、違和感、好意、嫌悪、そして恐怖。全てが完璧な豊崎は、あらゆる面でも色んなものを兼ね備えすぎている。その中でも特に違和感は酷く、あれだけからかってやろうと思っていたのに会わない間でもそれは助長していくばかりだ。



「なんか今日2人共変ッスよ、深刻な顔しちゃってさ。ウチの店見に来たんじゃないの?」

「あぁ、そうだったな。すまない。早速見させてもらおう」

「そうだな」



そこで話は途切れ、俺達は本来の目的を果たす為に表面上作業に取り掛かった。当たり前のように集中出来なかったが、仕事は仕事として割り切らなければならない。

 しかし、こりゃあ本気でジローには会わせられねぇな。

隣で腑抜けになってる柳を見て、俺は改めてそう思った。
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