「おお、マドンナが来たとねぇ」

「なあにそれ、嫌味?」



特に理由は無いけど1人になりたくなったので屋上に足を運ぶと、そこには鉄柵に背中を預けて煙草をふかしている千歳がいた。地面がコンクリートで殺風景な屋上と千歳のそのやさぐれた姿は妙にマッチしており、絵になりそうだなぁなんてくだらない事を思う。



「豊崎も吸う?」

「煙草はいいや。白石に気付かれたら健康に悪いとかでうるさそうだし」

「俺それよく言われるけん、白石の前では吸わんようにしちょる」



顔をくしゃっとさせて笑う千歳は、笑顔はそれこそ無邪気で可愛い感じがするけど、多分実際は違う。こういうのが無意識に分かるようになってしまったのは、私がそれを願ったからなのか、はたまた私も性悪だからなのか。多分、どっちもだろう。

周囲に誰もいないのを確認してから、少し近めの距離で千歳の横に立ち、柵に手をかけそこに顎を乗せる。こんな私の姿を千歳は珍しく思ったのか、「なんかあったと?」と首を傾げながら覗き込んで来た。



「千歳はさぁ、なんで彼女作らない訳?」

「藪から棒やねぇ」

「どんな女の子がタイプなの?」

「んー、サツキかメイかならサツキ」

「何言ってんの」



プカプカと空に浮かぶ煙を見ながら、らしくない冗談を言い出した千歳の肩を軽く叩く。



「中学生じゃあるまいし。しかもジブリって」

「ばってん、俺の好みのタイプは中学生から変わってなか」

「え、ほんとに?珍しい。ちなみにそのタイプは?」



煙から千歳に視線を移すと、もう吸いきったのか飲み終えた缶コーヒーにそれをグリグリと押し付けていた。そして、何を思ったかそのままその缶を柵の向こうに向けて思いっ切り投げた。幸い下に人はいないみたいだけと、下手したらクレーム沙汰になりかねないその行為に思わず唖然とする。



「ずばり、カゲのある子」



そんな風に下にばっかり気を取られていたものだから、千歳が私とグッと距離を詰めている事に全く気付かなかった。ハッとした表情で隣を見上げれば目と鼻の先に千歳の顔があって、近すぎてどんな表情をしているのかすら分からないほどだ。だから、ちょっと顔を遠ざけて距離を取る。



「この世の男の人が皆、千歳みたいに女の子を引っ掛けるタイプの人だったら楽なのにねぇ」

「えっ?意味分からん上に失礼ちや」



もしかしたら千歳はムード作り成功、とか思ったのかもしれないけど、私の気持ちはそれに反して盛り下がる一方だった。

───そうだ。千歳みたいにこういうのを誰にでもする男だったら、こんなにもモヤモヤしないのに。あんな糞真面目に告白されて切なくキスされちゃあ、そりゃちょっとは気にかかるってもんでしょうよ。と、心の中で愚痴を吐く。まさか自分がこんな罪悪感を持つ人間だなんて全くもって予想していなかった。でも、確かに柳は私がこの世界で1番最初に見つけた希望のようなもので、沢山の信頼と落ち着きを与えてくれた。そんな柳を振ったのだから、そりゃあ気持ちだって滅入るものだ。一生応えられるものではないと私の中で答えは出てるのに、柳は微かでも期待を持ってる、それもまた酷だ。



「悩み事と?」

「そんなとこー」

「豊崎が何で悩むのか、興味深いばい」

「好奇心で人の悩みを探ろうとしないでくれる?」

「冗談冗談」



丸井あたりに言ったら落ち込んでしまいそうな台詞でも、千歳相手ならなんとなく言いやすくてボンボンと出てくる。そのうちウダウダと悩んでいたのが苛立ちに変わって、気付けば暴言まがいの言葉まで出ていた。



「私が悪いのはわかってるけどさぁ、仕方ないじゃん」

「うん」

「駄目なものは駄目、無理なものは無理なんだよ。ていうか私だって意味わかんないもん。知らないもんー」

「豊崎がガキ臭いこと言っちょるー」



むくれている私とは対称的に千歳はいつまでも笑っていて、そのおかげで爆発まではしないで済んでいる気がした。これで千歳まで一緒になって不機嫌になられてたら、色々と危なかったと思う。

そうしているとお互いそろそろ戻らなければいけない時間になり、私達はどちらからともなく屋上を後にした。人目のつく所に出れば自然と作り笑顔が貼りついて、周囲に不審に思われる事無く廊下を歩く。そんな私を見て、千歳はやっぱり笑った。



「大女優ばい、豊崎」

「ありがとう」

「どういたしましてー」
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