初めて豊崎に会ったのは、街中にある病院の近くの道端だった。前方に人集りが出来ていたから何だと思い近寄ってみた所、そこに豊崎は倒れていた。

周りの野次馬共は突然の事態に動揺してロクに介護も出来なさそうだったので、仕方なく俺が間に割り込み、豊崎の体を抱えて目の前の病院に駆け込んだ。そんな普通では有り得ない出会い方だったから、入社式で再会した時は心底驚いたのを未だに覚えている。



「ええなぁ新入社員会。俺も歳は同じなんやけどなぁ」

「忍足が来たら皆畏まっちゃうだろうね。大人っぽいし」

「だから忍足は来ちゃいかんとねー」

「お前だって老け顔なんにセコイわぁ」

「千歳は中身がお子様やからな」



豊崎とは話も合うし、一緒にいて退屈しないし、それでいて仕事も出来るから色んな意味で気が楽だ。だが、それが少しずつ歪み始めてしまったのはいつからだろうか。元はといえば、俺が豊崎に仕事でのパートナー以上の感情を抱いてしまったのが理由なのだろうが、それにしても豊崎に関しては謎な部分が多すぎる。



「真田とか全然飲み会のノリわからなさそうだよね。ねえ柳、真田は来るの?」

「どうだろうな。まだその件については何も聞いていないが」

「さっき聞いとけば良かったなー」



今も尚豊崎は綺麗な笑顔を浮かべていて、さっきまでの会話などなかったかのように振舞っている。まぁ、傍から見ればそれは俺にも言える事なのだろうが。

自分でも、何故ここまで豊崎に興味を持ってしまっているのかが分からない。いや、興味という言葉なんかでは抑えられない、これは最早執着だ。豊崎の事が知りたくて、近付きたくて、分からない。距離感が上手く取れない。カマをかけて嘘を見破る事は出来ても、本当の本心までは限りなく遠い。



「そういえば不二、前お願いしてた事お姉さんに聞いてくれた?」

「うん、来週以降ならいつでも大丈夫だって」

「なんや、2人で何約束したん?」

「不二のお姉さんに占いしてもらおうと思って。白石も来る?」



───俺は、豊崎が好きだ。

勿論1人の女性として、だ。でも、時々豊崎が堪らなく怖くなる時がある。意味が分からないのだ。何を考えているのかも、何を隠しているのかも、何もかも分からない。こんな風に占いに興じるごく普通の女性らしい豊崎も知ってれば、さっきのような冷たい豊崎も知っている。色んな豊崎を見すぎて、どれが本物なのか判断しにくくなって来た。



「柳、どないしたん?」

「あぁ、何でも無い。大丈夫だ」

「さっきから食進んでへんで。午後からまた企画の会議あるんやろ?きばりや」



その時、隣にいる忍足から小声でそう話しかけられ、つい表に出してしまっていた事に不甲斐なくなる。今日は折角1番好きな日替わり定食だというのに、ふと視線をやるとまだ半分も食べ終えていなかった。豊崎でさえもうすぐ食べ終わるというのに、とまた豊崎を基準に物事を考えているのに気付き、かけこむように食事を喉に流し入れる。そんな俺を、忍足は終始不思議そうに見ていた。



「なんか自分も大変そうやなぁ」



そんなに余裕なく見えるのだろうか、この俺が。忍足は人の感情に人一倍目敏いせいもあるだろうが、それでも人に焦りや不安を見抜かれる事など今まで全くといって良いほど無かった。

怖い。

人を好きになるというのは、こんなにも怖い事だっただろうか。過去に彼女は何人かいたが、その時はこんな気持ちにはならなかった。もっとふわふわしたような、甘く柔いものだった。柔すぎてすぐに終わったのも事実だが。

顔を上げて前をみると、豊崎は相変わらず綺麗な顔で笑っている。食べ方も、話している時の仕草も、言葉遣いも、全て異常なまでに綺麗だ。
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