「豊崎やないかーい。なんか久々ちゃう?」

「そうかも、久しぶり」



なんだなんだ今日は忍足デイか、と頭の中でしょうもない事を考えつつ、前方から走って来た謙也の方の忍足と肩を並べそのまま会社を後にする。他課の上司の誘いに捕まった柳は、不二と白石も巻き込んでこれから何処かへ飲みに行くとの事だったので私は自分にも被害が及ぶ前にさっさと逃げてきた。こういうのは逃げたモン勝ちだ、第一私はあの上司があまり好きではないから出来る事ならば飲みに行きたくもないし。ごめん3人共。



「どう?仕事の方は」

「いっちゃん最初よりはだいぶ流れ掴んで来たでー、でもあれやな、ほんまこっちのモンは笑いのセンスがあらへんなぁ。どいつもこいつも生真面目すぎや!」

「忍足から見れば皆そう見えるでしょうね」

「それどういうこっちゃ!」



いつ見てもハイテンションな忍足は、多分ずっと一緒にいると若干ウザいかもしれないけど、侑士の方の忍足さんによって毒気を注がれてしまった今の私にとっては良い癒しになる。同じ忍足でもここまで違うのだから人間って不思議だ。



「そういえば丸井は?帰り一緒じゃないの?」

「なんか他の奴らに誘われて合コン行く言うてたでー。俺はそういうん苦手だし、元から後輩と約束あったから逃げてきたんやけど。そういう豊崎はなんで珍しく1人なん?」

「私も逃げてきた」



「何から?」と首を傾げて問いかけて来た忍足にさっきの一連の流れを説明すれば、納得したように頷きながら歯を見せ笑った。屈託のないその笑顔に段々と気持ちが穏やかになって行くのを感じる。あー、この男女意識しないで済む感じ凄い楽だー。忍足だって顔はイケメンなはずなのに、それを感じさせないのは多分中身が男子高校生みたいだからだろう。どうもこの人は男としての対象に入らない。

私が勝手にそんな分析をしていると、不意に忍足は「せやったら今から飲みに行かへん?」と嬉々とした表情を浮かべながら問いかけて来た。



「え、でも後輩と合流するんでしょ?邪魔しちゃ悪いよ」

「んな大層な奴ちゃうてー、折角やから行こーや!俺らの行く店やから小汚い居酒屋やけど、味は確かやで」



更に、こんなにも何の下心も無しに飲みに行こうと女を誘えるのも、多分忍足ならではだろう。だから私はその誘いにあっさり乗る事を決め、自分の家とは逆方向に向かって歩き出した。

そうして歩く事数十分後、私達はこじんまりとしたでも何処か趣のある居酒屋に到着した。もうその後輩君とやらは中に入っているそうなので、私達も早速中に入り案内された個室の前に立つ。



「謙也さん遅いッスわ…って、あれ、アンタ」

「…あ!」



ノックもせずに忍足が勢いよく襖を開けた先には、いつだか電車で体調不良の所を助けてくれた、赤也君と同じ学校の男の子がいた。正直顔をよく見る前までは忘れてたけど、まさかこんな所で会えるなんてなんだかちょっと運命を感じる。感じた所で別に何も無いけど。

私達が知り合いな事に驚きまくっている忍足を落ち着かせ、とりあえず大まかな経緯を話せば忍足は「お前も人助けなんてするようになったんやなぁ!」と言いながら彼の頭を思いっ切りワシャワシャと撫でた。勿論、男の子はクールな見た目通りすぐにその手を払いのける。ドンマイ忍足。

そんなこんなで自己紹介の流れになり、男の子は財前光君というらしい。なんでも私の事は赤也君からしょっちゅう聞かされてるとの事で、また何処かで会うような気はしていたのだとか。出会った当初のお互いの第一印象などを話しつつ、とりあえず飲みに来たのだからお酒と適当につまむものを注文する。



「ほな、財前と豊崎の再会に乾杯やなー!」

「あと、私と忍足の仕事お疲れってのもね」

「かんぱーい」



光君のやる気なさげな掛け声でカチン、とグラスを合わせ、ビールをグイグイ喉に流し込む。しばらくして来た軟骨唐揚やフライドポテト、石焼ビビンバも値段の割に結構美味しくて、お箸も進む進む。仁王の店とはまた違った雰囲気の此処は、2人が御用達というだけあって何時間でもいれそうな落ち着きがあった。



「せや財前、お前進路決まったん?」

「前々から言ってるやないですか」

「やっぱ俺達んとこの会社来るんやなー!」

「え、そうなの?」



そこで出た話題に驚いて反応してみせれば、光君は「別に先輩らがいるからとかそういう訳やないんで」と若干気まずそうに目を逸らし、残っていたジントニックを一気に飲み干した。その様子を見て私と忍足は目を合わせて、噴き出すように軽く笑う。なんだか赤也君といい光君といい、元テニス部は後輩との仲も深いんだなぁ。私は部活の経験が無いからそういうのはよくわかんないけど、それを抜きにしてもこの2人は仲が良い。

単純に、羨ましい。



「(え)」

「どないしたん豊崎、酒止まっとるでー!」

「謙也さん相変わらず弱すぎ、ダサいっすわ」



そこまで考えた所で、私の脳内は一瞬ショートしたようにピタリと止まった。願っていた事が全て叶った私が誰かを羨ましく思うなんて、今までなかったのに。誰とでもソツなく付き合えるようにと願った、でも本当は誰かに1番に必要とされたかったとでも?

浮かんで来た考えを遮断するように一度目を閉じ、勢い任せに余っていたビールを飲み干す。そんな私を酔っ払ってる忍足は囃し立てるように手を叩いて来たけれど、光君は少し不思議そうな顔をしていた。でもバレてない、大丈夫、大丈夫。

それからも私はさっきの考えを振り払うようにお酒を飲み続けたのに、そうすればするほど跡部さんの顔が頭に浮かんで、怖くなった。今日は何を考えてもマイナスな方にいってしまうみたいだ。馬鹿らしい。
 2/2 

bkm main home
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -