「丸井さーん!律子さーん!」



そして時は過ぎ、退勤と同時に丸井から「行くぞ!」とメールが来た事によって、結局私も仁王の店に行く事になった。正直体調は万全では無いけれど別に動けないほどではないし、なんなら酒はあまり飲まなければいいだけの話。そう言い聞かせ丸井と一緒に待ち合わせ場所である駅前に来ると、後ろから赤也君が相変わらずの元気さで駆け寄って来た。それを見て、丸井と目を合わせ軽く笑う。



「授業もう終わったのか?」

「終わったッスよ!もー卒論準備が面倒臭いのなんので。日吉とかちゃっかり進んでるし憂鬱で仕方ないッスよー」

「日吉って?」

「俺の同級生ッス!いつだか律子さんに電車で会った時にもいたッスよ、あのキノコ頭の」

「あー、なんとなくわかったかも」

「お前もちゃんと大学生やってんだなぁ」

「え、今更ッスか?もう今年卒業なんですけど俺!」



他愛も無い話をしながら歩く街中はやはり金曜という事もあってか、私達と同様これから飲みに行くような出で立ちの人が何人もいた。ていうか、今更だけどどんなメンツだよこれ。そんな事を私が考えているとは露知らず、2人はそれはそれは楽しそーうに冗談を言い合っている。2人だけに言えることじゃないけど、こんだけ顔の良い男達が揃いも揃って彼女なしってどういうことなのかしら。世の中って不思議ー。

そうこうしているうちに仁王の店の前に着き、赤也君を先頭に私達は店内に足を踏み入れた。中にはそれなりに人がいて、カウンターに座っている女2人組なんかは明らかに仁王目当てだという事がわかる。もっとも、赤也君と丸井を見るなり更にその目は輝きを増したけど。んー、ぶっちゃけ40点。



「あ!赤髪と赤目の兄ちゃん達やー!」

「うお!?お前金太郎じゃん!なんで此処にいんだよ」


他の客を相手にしている仁王に目で促されたので、私達はその女達の割と近くに位置するカウンターに腰を降ろした。するとどうした事か、店の奥の方から1人の赤髪の男の子がひょこっと顔を出してきた。幼さが残る顔の割に体は大きくて、まるで子供のような人だなというのが第一印象。

そしてその子は私達の方に身を乗り出す勢いで近付いて来て、「久しぶりやなぁ!」と言いながら満面の笑みを浮かべた。もしかしてこの子も元テニス部なのかしら。



「なんでお前が仁王さんのとこで働いてんだよ?」

「ワイ、世界一周したいねん!せやから此処で金貯めるんや!」

「何かお前ならやりそうだぜぃ」

「やりそうやない、やるんや!」

「はしゃぎすぎじゃ、金太郎」



興奮している金太郎君の肩を持って落ち着かせたのは仁王で、仁王はとりあえず「いらっしゃい」と声を掛けて来た。それに続くように金太郎君も同じ事を言う。なんか和やかな雰囲気だなぁ。



「豊崎、紹介するぜよ。俺達と学校は違ったけど、こいつも元テニス部じゃ」

「遠山金太郎言いますー!よろしゅう、よろしゅう!」

「よろしく。丸井と同じ会社の豊崎律子です。金太郎君は何歳なの?」

「今年で21になりますねんー!」



あれ、成人してるんだ、と思ったのは内緒。



「仁王、お前金太郎と連絡取ってたのか?」

「いや、たまたま街中で会ってのう。そしたらこいつ、世界一周するねん!とか急に語り出したから、それならウチでバイトせんか?って俺から誘ったんじゃ」

「えー俺も此処で働きたいってあれほど言ったのにー」

「いくら赤也がかわええ後輩でも、就活真っ最中で来年からいなくなるってわかっとる奴を雇うほど俺は甘くないぜよ」

「ぶー」



仁王の正論に不貞腐れた赤也君は、口を尖らせながら顎をテーブルに乗せ、「もう良いッスビール飲むッス」と言って頬を膨らませた。その様を見て、一応赤也君を気遣い控えめに笑ったのだけれど、金太郎君が馬鹿でかい声で爆笑し始めたものだからその気遣いは結局意味を成さなくなってしまった。天然というのはこういう時恐ろしい。

そんな風に赤也君と金太郎君が口論している中、私と丸井はグラスを合わせて酒を喉に流し込む(結局飲んでんじゃん、ていうツッコミはスルーの方向で)。



「うお!何だこの上品な味ー!」

「貧乏くさい事言うんじゃなか。それはキールじゃ、シャンパンとカシスを混ぜたやつ」

「仁王、私のこれは何?」

「オーロラ。ウォッカ、カシス、グレープフルーツ、レモンが入っとる」

「へぇー。上品な味ー」

「お前、俺の真似すんな!なんか恥ずかしくなんだろぃ!」



とそこでふとさっきの女2人組に目を向けてみると、なんと彼女達は恍惚の眼差しでこちらを見ていた。てっきり嫉妬や羨望といった類の視線を向けられているのではとばかり思っていたので、これは予想外だ。むしろ気持ち悪さまで感じる。ここまで人を虜にしてしまう自分が気持ち悪い。



「豊崎、どうしたんじゃ?」

「え?何が?」

「ぼーっとしてるぜぃ」



ハッとして意識を戻せば2人は不思議そうに私の顔を覗き込んでいて、次はこの2人の顔に見入る。

 あれ?何だろう、この違和感。

今まで感じた事のない、妙に釈然としない感情がふつふつと沸き出てくる。そんな私に気付いた赤也君と金太郎君も心配そうに覗き込んで来たけど、その顔も、やっぱり変だ。何がおかしい?何が違和感?



「君がこの世界の何かに勘付いても、この世界は何も変わらない」



必死にその答えを探し出そうと頭を悩ませていると、まるでそれを遮断するかのように昨日のあの男の言葉が甦って来た。だから私はこれ以上考えても無駄だと結論付け、無理矢理取り繕った笑顔と共に「ちょっと酔って来たかも」ととんだ大法螺を吹いておいた。



「そういえばお前、今日二日酔いだって言ってたもんな」

「なんじゃ、ヤケ酒か?」

「なんで仁王も丸井もこういうとこだけ鋭いかなー」

「えー、ヤケ酒なら付き合うのに!ていうか律子さん、前聞きそびれたんで連絡先教えて下さいよ!」

「姉ちゃん、ぎょうさん飲んで行きぃや!」



真相は闇の中、というのはまさにこの事を言うのだろう。よく、神のみぞ知る、というフレーズも使われるけど、きっと神は異端すぎる私の存在を知らないに違いない。私の事を知っているのは、残念な事にあの男だけだ。

勢いで喉に流し込んだ酒は、もはや何の味もしなかった。
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