「昨日と違うて、今日の講義は中々為になったなぁ」 「そうだね」 そうして講義が終わり、研修のスケジュールはこれにて終了となった。講義はブース別で各課ごとに行われていたので、今はいつもの3人と肩を並べてホールから帰っている途中だ。現在時刻は11時で、12時にはこのホテルを出る事になっている。 「そういえば柳、いつだか真田が見習いでウチの会社に来るって言ってなかった?あれっていつなんだい?」 「来月からだと聞いているぞ」 「真田みたいな熱血と仕事するってなると、常時檄が飛んで来そうだね」 「そか、豊崎はこの前立海の人らと飲んだんやったな」 そこで不二が切り出して来た話題に便乗しておどけてみせれば、白石は思い出したようにそう話しかけて来た。だからそれに「そうだよ」と笑って答え、また4人で他愛も無い事を話す。 それからエレベーターに乗り込み私は3人より一足先に14階で降りて、集合時間までの間を部屋で過ごす為に歩き出す。で、少し歩いて部屋の前まで来てからはノックをし、中から「どうぞ」と声が聞こえた所で持っていたキーカードで鍵を開ける。 「お疲れ様、豊崎さん。そっちの講義はどうだった?」 「2人共お疲れ様。うん、昨日よりは良い話聞けたよ。商品開発課の方はどうだった?」 「もう聞いてよー、忍足さんが格好良いのなんので私興奮しちゃって!」 中に入ると、柴崎はまだ帰って来ていないみたいで商品開発課である同室の2人が荷物をまとめている真っ最中だった。そして私はそのうちの1人が言った言葉に、ついこれでもかというくらい苦笑する。忍足さんが格好良い、ねぇ。 「どんな所が格好良いと思うの?」 「えー、あの同い年なのに落ち着いててミステリアスな感じとかぁー、でも実は気さくな所とか!まぁなんてったって1番は顔なんだけどね」 意気揚々と話し始めたその子を見て、この女絶対騙されやすいタイプだ、と心の中で確信する。加えて、残念ながら私はその子の言い分に納得は出来ても共感は出来ないので、曖昧に笑って受け流しておいた。自分から問いかけたのにどうかとは思うけど、そう反応するしか出来なかったんだから仕方ないでしょう。 そうしてくだらない話を続ける事数分後、柴崎が戻って来たのを区切りに私達4人は少し早いけど集合場所のロビーに行く事にした。廊下を歩いてエレベーターまで行けばそこには割と人だかりが出来ていて、皆時間にしっかりしすぎでしょ!と内心ツッコんでみる。いや、良い事なんだけどさ。 「ねぇ豊崎、ちょっとコンビニ付き合ってよ」 「何処にあるの?」 「ホテル出てすぐ隣にあるんだって。行こうー」 「わかった」 ロビーに着いてソファに座った瞬間、柴崎は駄々を捏ねるように私の服を引っ張りながら誘って来た。なので本当は面倒臭いけど重い腰を上げ、荷物を同室の2人に見ていてもらうように頼んでから玄関目掛けて歩き出す。 すると、ちょうど玄関まで後数mという所で真新しいスーツを身に纏った軍団が外から入って来た。あら、これはもしかして。 「豊崎、あれだよ!ライバル会社!」 そうなるよね。柴崎の言葉で予想が確信に変わったのを区切りに、私はそのライバル会社さん達をなんとなーく見つめていた。そのついでに、目が合った奴らには男女問わず微笑みをプレゼントしてあげちゃったり。今後重要な取引を行う相手になるであろう人達に媚を売って損は無い。そんな事を頭の中で思いつつ、私達は玄関近くで軍団の波が収まるのを待った。 「んー、ウチの会社と対張るくらいイケメン度高いかも!」 「まーたあんたはそういうとこばっか見て。落合さんはどうなったの」 「落合さんも好きだよ?」 波は数十秒待てば途切れ、相変わらずな柴崎の言葉に呆れつつ再び歩き出す。 と、その時だった。 「待ってよあとべー、歩くの速いC」 「お前が遅いんだよ。もう全員先行っただろうが、さっさと行くぞ」 ツカツカと長い脚を駆使させて歩いて来る男と、対称的にノロノロと遅い足取りで歩いて来る男が前方に見えて、思わずその2人に視線を送る。2人も恐らくライバル会社とやらの新入社員なのだろう、それにしては貫録がありすぎるけど。 そんな風に勝手に人間観察してたのが伝わったのか、2人の横を通り過ぎる時、前にいた泣きボクロが特徴的な男とばっちり目が合った。 そしてその瞬間、不意に頭がズキッと痛んだ。 「どしたの豊崎、大丈夫?」 「大丈夫、ただの偏頭痛だから」 「それだけなら良いけど」 一瞬ではあるけれど今まで感じた事のない、刺激的な痛みに眉を顰める。柴崎はそんな私を見て心配そうに顔を覗き込んでくれたものの、正直柴崎に構っていられる余裕は無かった。だって、ほんの少しだけ後ろを振り向いた時、あの男はまだ私の方を見ていたのだから。 なんだか、嫌な予感がする。 |