「ずっと思っててんけど、豊崎って彼氏いないんか?」



いつもとは違う場所でランチをとっていると、白石は唐突にそんな事を聞いてきた。柳と不二はまだ仕事を終えていないから、今日は白石と2人でランチタイムだ。さっきまでは仕事の話をしていたのに急に話題が飛んで、しかもそれがよりによって恋愛系でちょっとびっくりする。



「いきなり何かと思ったー。見ての通りいないけど」

「変な話やなぁ、男が豊崎の事放っておく訳がないやろ」

「それってむしろ白石に言える事じゃん。いないの?彼女」

「んー、ぶっちゃけつい最近までおったで」



私の質問に白石は苦笑いしながら答え、パクリと牛丼を口に含んだ。何でそんな微妙な顔してるのかなーと思いつつも、とりあえず咀嚼し終えるのを待つ。



「大学の頃からずっと付き合っとったし、結婚もそれなりに視野に入れとったんやけどなぁ」

「じゃあなんで別れちゃったの?」

「飽きてもうた」



別れた原因は至ってシンプルなものだったけれど、白石は自分のその感情の変化が未だに信じられないらしく、再びぽつぽつと話し始めた。



「あんだけ一緒におっても飽きんし退屈せぇへんかったのに、ある日突然あれ、俺なんでこの子とおるんやろ、ってなってもうてなぁ」

「ちなみに何年付き合ったのさ」

「3年。3年やで?なのにあんな急に冷めるとは思っとらんかったから、今でもまだびっくりしてんねん。情けない話やなぁ」



多分別れたのはつい最近の話なんだろう。特に引きずっている訳では無いものの、これは気持ちの整理がついていなパターンに違いない。だから私は白石の肩を軽くポン、と叩き、



「今は整理がついてないだけじゃないかな。だから、何でも良いから話してみたら?私で良ければ聞くし、少しはすっきりすると思うよ」



なんていう陳腐な言葉を吐いてみた。



「ほんまに豊崎は、えぇ女なんは見た目だけやないんやな」

「褒めてもなんも出ないってば」



でも傷心の白石にはその言葉も深く胸に響いたのか、感激した様子で私の手に自分の手を重ねてきた。別に白石が単純とかそういう事じゃない、ただこの人は本当に心が綺麗なんだ。多分今まで相当良い環境で育って来たんだろう。だって、この様子じゃ3年も付き合ったのに浮気1つしてないっぽいし、しかも白石ってモテるのにその事全く鼻にかけてないし。綺麗な薔薇には棘がある、というけれど、白石にはまるで無い。本当に真っ白で綺麗なままなんだ。

その後はもう昼休みが終わるから話の続きをする事は出来なかったけれど、私達は今度2人で飲みに行く約束をして、白石はトイレに行き、私はデスクに戻った。あ、でもその前にお茶汲みしなきゃ。そう思い直し給湯室へ行こうと再び廊下に出れば、ちょうど何処かから戻って来た出で立ちの不二と遭遇した。



「やっほ。お昼ちゃんと食べれたの?」

「うん、大丈夫だったよ。白石と随分深い話をしたそうだね」

「情報早いなぁ、もしかしてトイレで会った?」

「ご名答」



どうやら不二もトイレに居たらしい。にしても白石、早速報告するなんてどんだけ嬉しかったんだろうか。その事を考えて若干苦笑すると、目の前の不二はクスリといつもの控えめな笑みを浮かべた。



「何か面白い事でもあった?」

「いや?ただ、豊崎でもあぁいう事言うんだって思ったらなんだか意外でさ」

「内容まで聞いたのね」

「聞き出したんじゃないからね、白石から言って来たんだよ」



前々から思っていたけど、不二は何を考えているのかよくわからない時が多々ある。柳、白石、不二は確かに皆頭がキレるし勘も良いけど、3人のそれらは全く別物だ。柳と白石が人の感情を汲み取るのに長けているとすれば、不二は人の裏側を見抜くのに長けている。柳にもその質は少し見られるけど不二ほどでは無い。白石に至ってはさっき言った通り彼は綺麗なままなので、裏側とかそういう疑い深さが必要な探りは全くしてこない。でも、不二は違う。

思えば、3人の中で自然と距離が空いているのも不二だ。嫌いとか苦手とかそういう訳じゃない、むしろ好きな部類に入る。ただ、不二相手だと全てを見透かされそうな気がしてならないのだ。



「今度、是非僕とも話してほしいな」

「またまたー、不二が女に困る事なんて無いでしょう」



だから見透かされないように平然を装えば、やっぱり不二は楽しそうに笑った。その穏やかな笑顔の裏には何が隠されているのか、そこはいくら私でも予想が付かない。



「そうだね、困るっていう事はないかな。君については色々と考える事があるけど」



華奢な不二は、ヒールを履いていない時の私よりほんの少し高いくらいの身長だ。だから必然的に今は私の方が背が高いのに、なんだろうこの威圧感。不意に見開かれた瞳は、とことん私の事を見抜いて来た。



「やだもー、口説かれてる?」

「どう受け取ってもらっても構わないよ」

「私給湯室行かなきゃいけないから、また後でね」



見つめ合う事数秒後、空気を先に壊したのは私の方だった。そうすると不二も緊迫した雰囲気を解いてくれて、私達は何事も無かったように別れた。不二は、私の事で何を考えていたのだろう。それが少しだけ気になった。
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