「豊崎、大丈夫だったのか」



月曜日。いつも通り定刻より少し前に出勤すると、既に出勤していた柳がすぐに私のデスクに近寄って来た。挨拶を欠かさない柳がこんなに焦った様子で話しかけて来るなんて、相当心配をかけてしまったんだなと若干申し訳ない気持ちになる。



「メールでも言ったでしょ?大丈夫だよ。元は私にも責任があるし」

「…顔色を見るまではどうも落ち着かなくてな。元気そうで安心した」



私の言葉に心底安心したように柳は笑ったけれど、仮にあの時幸村とヤッていたとしても、別に私はその程度で落ち込むような性分でも無い。柳ってどれだけ私の事買い被ってくれてるんだろう、と考えたところで、不意に後ろから背中をポン、と叩かれた。



「おはようさん。どないしたん2人して深刻な顔して」

「おはよう白石。いや、別に何でも無いよ」

「あぁ、おはよう。大丈夫だ、気にする程の事でも無い」



後ろを振り向けば相変わらず爽やかな笑顔を浮かべている白石が居た。3人で立ち話をしていると不二も出勤して来て、私達はそのまま朝礼が始まるまで他愛も無い話を続けた。



「以前から話していた通り、明後日から新人研修が始まります」



課長がそう言ったのを聞いて、そういえばそんなものがあったと今になって思い出す。

ここの社員になってもうすぐ1ヶ月が経つ。まだまだ新入社員同士の仲も探り探りな状況の今をより良いものにする為に、明後日から1泊2日の研修が行われる事になっている。研修の内容は主に、取引先や現地に出向いた時の対応や、インテリアを考える際のコツなど、いずれもこれからの仕事に役立ちそうな事ばかりだ。一部屋4人というのが中々面倒な所だけど、今の私は世渡り上手だし何とかなるでしょう。



「(あれ、ちょっと待てよ)」



回って来たしおりを受け取りながらそんな事を考えていると、1ページを捲った所で早速嫌な文字が目に入った。“全課の皆さまへ”って、え、何コレ、日程って課ごとに違ったりするもんじゃないの?当たって欲しくない予感を胸に募らせつつもう1ページ捲ると、1番見たかった日程表が載っていた。それを食い入るように見る。

…あ、全課一緒な感じですね。

いや、別に他の課がいる事が嫌な訳じゃない。厳密に言ってしまえば、忍足さんが嫌なのだ。あの給湯室での会話以来彼は何かと粘っこい視線を送ってくるし、気に入ってもらえたのはいいけれどその気に入り方が嫌だ。下心満載っていうかなんていうか、そんな感じ。あ、でもそういえば忍足さんって年齢は一緒だけど入社は私よりも先だから先輩に当たるのか。という事は、新入社員じゃない。という事は、新入社員向けのこの研修にも来ない。



「ちなみに研修には、各課から何名か先輩社員も同行する事になっています。折角の機会なので色々話を聞いてみると良いでしょう」



後はその先輩社員の中に忍足さんが入っていない事を願うだけだ。どうか来ませんように、と心の中で懇願する。



「泊まりとかなんかテンション上がるよねー!」

「修学旅行みたいね」

「私と豊崎部屋一緒だよ!やったねー」



課長の説明もロクに聞かないまま、隣のデスクの柴崎は完全に浮かれ気分で話しかけて来た。同期で同い年なのに柴崎はまるで年下に思ってしまう程無邪気で、愛嬌があって、人懐っこい。今も尚笑顔で私と腕を組んでくる柴崎を見ながら、最初からこんな風に生まれていれば苦労する事は無かったんだろうなぁ、としみじみ思う。



「よし、私これを機に宣伝課の落合さんと仲良くなる!」

「落合さん?格好良いの?」

「イケメンっていうか私のタイプなんだよねー、豊崎見守っててね」

「宣伝課なら私知り合いいるから、紹介してもらえないか掛け合ってみよっか?」

「本当にー!?豊崎大好き!」



テンションが高くなった柴崎の声は大きく、それによって課長の咳払いをくらってしまったので私達は目を合わせ小さく笑った。そうか、私が女に妬まれない理由はこういう所にあるのかもしれないなぁ、納得。

それから少しして説明も終わり、私達はいつも通りデスクに向き合い各々の仕事を始めた。研修合宿。面倒な事が起こらなければそれでいいや。
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