「じゃあお疲れ、また明日」

「あぁ、じゃあな」



途中まで帰路が一緒の柳といつもの場所で別れ、普段よりも早足を心がけてあの馬鹿でかいマンションに向かう。確か冷蔵庫の中に食材はロクに無かった気がするけど、今日はそれよりも早く帰りたい気持ちの方が勝ってるから、買い物はしないで淡々と兎に角歩く。元々食は細い方だし一食ぐらい摂らなくても別段問題は無い。

そして、やっとの想いというのは少し大袈裟だけど、気持ちそれ位でようやくマンションに着いた。エントランスでドアを開け、エレベーターが降下してくるのを壁によりかかりながら腕を組んで待つ。景色や綺麗さに関しては何の申し分も無いこのマンションは、しいていうならばエレベーターの稼働が少し遅い所が難点だろうか。もっとも、今みたいに疲れてなければこんなちょっとの時間我慢出来てるのだろうけど。




「こんばんは」



そんな風にやさぐれた思考を頭の中で巡らせていると、近くから中性的かつ透き通った声が耳に入った。だから視線をそちらに移す。するとそこには声の通り綺麗な男の人がいて、その容姿にしばし見惚れた後に一拍子遅れて挨拶をし返せば、次はにっこりと穏やかな笑みを向けて来た。うっわー、疲れも癒えてくわー。

チン、とエレベーターから音が鳴った所で私とその人は中に乗り込む。閉ボタンを押し完全なる密室になるなり、あー、化粧崩れてなければ良いなーとか思った。で、自分の家がある27階のボタンを人差し指で押す。



「あ、俺もです」

「え?」

「俺もその階。もしかしてこの前隣に越して来た方ですか?」

「あー…」



そこで発覚したまさかの偶然に、本当は喜ぶべきなんだろうけど私は若干言葉に詰まってしまった。いや、別にこの人が隣なのが嫌とかじゃなくて、本当に隣で合ってるかわからないゆえの詰まりだ。だって病院から帰って来た日にはもう家具やらなんやらはしっかりと綺麗に整頓されていたんだもの、いつ自分がこのマンションに越して来たかなんて理解してるはずがない。となれば、号室を言うしかないか。その結論に至った私が2701号室の者ですと言えば、その人はやっぱりと言いながら再び綺麗な笑顔を浮かべた。



「2702号室の幸村です。俺もこの春越して来たんですよ」

「あ、じゃあ新社会人ですか?」

「そうです。もしかして貴方も?」

「はい、凄い奇遇ですね」



正直、会話の途中でなんで新社会人なのにこんな良いマンションに住んでるんですか?って聞きたくなったけど、その質問はなんだか貧乏くさいし自分だって人の事言えないから、口に出すのは憚られた為止めた。

そうして27階に着いた所で、私達はすっかり打ち解けた様子で話しながらエレベーターを降りた。実際こんな短時間で打ち解けられるはずがないけど、イケメンに良く思われといて損は無いから精一杯の愛想を振り撒いておく。ありがとう幸村さん、こんな私に引っ掛かってくれて。



「それじゃあおやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」



別れ際に軽く手を振りながら挨拶をすれば、幸村さんもその意外と男らしいゴツゴツした手を小さく振り返してくれた。掴みはバッチリ、ってか。

バタン、とドアが閉まり鍵も閉めた所で、一目散にスーツを脱ぎ捨て下着姿になる。髪をオールアップにして化粧を落とし、豪華な浴槽にお湯を張り、もう一度リビングに戻る。その戻る途中にあった全身鏡をふと何の気も無しに見やると、そこにはすっぴんでも大層綺麗な、プロポーションも相変わらず抜群の私が居た。

あはは、やっぱ気持ち悪ー。
 3/3 

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