息を止めて、涙を飲んで

目に焼き付けろ、と言われたからには真剣に見るしかなかった。いや、言われてなくても見ていただろうが。



「跡部よ…気を失って尚、君臨するのか」



始めた頃はまだ明るかった空も、今ではオレンジ色に変わっている。でも、それほどにまで時間が経ったことを感じさせないくらい見入る試合だった。

ありがとう、景吾君。結果としては負けになってしまったこの試合をしっかり目に焼き付けたといったら、景吾君は嫌な想いをするだろうか。堂々と立っている景吾君に勇気をもらったと言っても、嫌だろうか。



「行くよ、田代」

「…あぁ」



そして私は幸村君に手を引かれ、隣には真田君を連れてそこを後にした。後ろからバリカンだのなんだの聞こえるが、それは別にどうでもいい。ただ自分の中で生まれた弱さを景吾君が払ってくれたことに、私は感謝した。景吾君、お疲れ様。ゆっくり休んで。



***



青学対氷帝戦を観戦し終え、立海は決勝前最後の練習をする為に学校へ戻った。練習自体始まるのが遅かったので、片付け含め全てが終わったのは現在時刻、20時である。



「あー早く明日になって青学ぶっ飛ばしたいっすー」

「言葉を慎みたまえ、切原君」



一見いつもの調子で軽口を叩いたのは切原だが、やはり決勝目前というだけあってそのニュアンスはいつもと違う。他の者も無駄な言葉は発しておらず、彼らにしては珍しい、静かな帰り道となりそうだった。



「…あ」



そんな彼らの最後尾を1人で見守るように歩いていたのは晴香で、彼女は近くに寄り添ってきたあるものに足を止め、そのまましゃがみこんだ。



「どうしたんじゃ田代…って、あ」



晴香の近くを歩いていた仁王は、彼女の異変に気付きいち早く後ろを振り向いた。するとそこには、立海に住み着いている猫、プーちゃんと戯れている彼女の姿があった。それまで緊迫した雰囲気が漂っていた空間も、そんな光景により一瞬にして和やかになり、彼らもつられるようにして猫の周りにしゃがみこんだ。



「本当こいつ猫のくせに警戒心0だね、馬鹿なの?」

「幸村君、辛辣すぎるぜぃ」

「可愛いっすねー!うりゃっ!」

「赤也!動物をいじめるんじゃない!!ほーら、よしよし!」

「弦一郎、お前のあやし方もどうかと思うぞ」



お腹を見せ喉をゴロゴロと鳴らし、幸せそうに目を瞑るプーちゃん。他の者が好き勝手にあやす中、ふいに晴香はプーちゃんを抱き上げ、そしてそのままフワフワな毛に顔をうずめるようにして抱き締めた。



「この人達のこと応援しててほしい、プーちゃん」



次に若干こもった声で聞こえたのは、そんな言葉だった。それに対しプーちゃんは返事をするようにぶにゃー、と鳴き、晴香の耳を舐める。しかし彼女は一向に顔を上げようとしない。そんな彼女の姿を見て他の者は目を合わせ、同時に吹き出した。



「照れるくらいなら最初から言うなよ」



幸村がそう言って晴香の頭をぐしゃぐしゃに撫でると、彼女は更に顔をうずめた。
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