できないことは、山ほど

「…田代、これが赤也のやり方だ」

「わかってる、心配しなくていい」



関東大会準決勝、S3の試合の真っ最中──といっても、もう終わるが──。対戦校である不動峰からは部長の橘君、そしてウチからは切原君が選手として出ているこの試合。



「潰す」



切原君には、"赤目モード"といういわば別の人格みたいなものがあり、それはこれまでの練習でも幾度か見てきた。だが、部員の誰かがボコボコにされそうな時は柳君達の抑制のおかげで未遂に終わっていたし、今までの大会の試合でもそのモードになるほどの相手と当たったことはなかったし、実際に切原君のこういった姿の実力を見るのは初めてだった。

なんだかんだ切原君とは彼がテニス部に入る前から一緒にいたから、彼がどれだけ勝ちに執着していて、そしてどれだけ誰よりも強くなりたいと思っているか、それくらいは理解しているつもりだ。だからこそ、こんなことを言うのは柄じゃないが、彼の戦い方がどうであれ全てを受け止めてあげたい。



「行くぜよ、田代」

「あぁ」



受け止めてあげたい、…というよりも、受け止めなきゃいけない、のほうが正しいのかもしれないが、そこの詳しい点については自分でもあまり考えたくない。



「お疲れ様、切原君」

「…ッス」



皆は足早に学校へ戻る為のバスへ向かっていく。まるで切原君がそうしてほしいことを読み取っているかのように、颯爽と。だけど私はそんな切原君を1人にしてはおけなくて、タオルを持って彼に近付き話しかけた。しかし彼は私と目を合わせてくれず、気まずそうにタオルを手から取って行っただけだった。



「先輩、俺、勝ちました」

「あぁ、おめでとう」

「本当にそう思ってます?」



───核心をつかれた。そう自分で思った直後に、その言葉の重大さを知ったような気がする。そして切原君は私よりも先に私の表情で重大さを悟ったのか、何でもないッス、と情けない顔で言葉を付け足した。それに私は何も応えられなかった。



「負けるつもりはないッス」

「…あぁ」

「俺達の為にも、ブチョの為にも。勝たなきゃだめなんッス、嫌なんッス」

「あぁ」

「だから俺は、勝ちます」



そう言う切原君の目には情けなさも迷いも感じられなくて、ただただ彼は、良い意味でも悪い意味でもこのままでいることを痛感させられた。



「私はマネージャーだ。君達に着いて行く」

「…はい、お願いします」



そうしてバスに入ると、中には相変わらず賑やかな皆がいた。そのままの流れで隣に座った切原君も、いつもとなんら変わらぬ様子で、丸井君と仁王君と楽しそうに会話を交わしていた。

なんてことはない。私はただ、皆に勝ってほしい。それだけだ。
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