素直じゃなくていいよ

あらゆる防寒対策をしてもその寒さは凌げず、街中を歩く人々は皆背中を縮こまらせている。クリスマスやお正月といった行事モードもすっかり消え去り、街中は寒々とした空気に包まれている。

月日は経ち、2月。



「───だったんっすよー!」

「ふふ、それはブン太が悪いね」

「ブチョもそう思いますよね!?もう散々っす!」



依然幸村の病気は治っておらず、交代で誰かが見舞いに来る日々が続いていた。その中でも特に彼の見舞いに来る頻度が高い切原は、今も尚溜まった鬱憤を幸村に聞いてもらっている。



「そうだ、田代は元気?」

「あっ、はい!なんか真田副ブチョのリハビリは終わったみたいなんですけど、体なまってるからとか言って最近は体力作り始めたっす。今まで運動してたわけじゃないのにどーいう風の吹き回しっすかね?」

「ふうーん、あの面倒くさがりの田代がね」

「…それよりブチョ、まだ晴香先輩から連絡来ないんすか?」



切原が控えめに問うた質問に幸村は苦笑し、連絡どころか見舞いにも来てないよ、と少し寂しげに答えた。実はこの質問をするのは今回が初めてでは無いのだが、切原は例外なく大袈裟に溜息を吐き、肩をすくめて呆れたように首を振る。



「俺達にもなんか隠し事してるっぽいし、ほんと何考えてるんすかねー」

「まぁこれだけ俺を待たせてるんだし、それなりのことはしてるんじゃない?むしろしてなきゃこっちから乗り込みに行くよ」

「ははっ、それ賛成っす!…あ、じゃあ俺そろそろ行きますね。多分今週中にもまた来るんで!」

「あぁ、わかった。ありがとう」



そうして時計がちょうど17時を回ったところで、切原は元気な笑顔と共に病室から出て行った。幸村はその後ろ姿を最後まで見つめた後、先程の切原と同じように溜息を吐いた。



「…隠してるのは、俺の方もか」



幸村はまだ、心の中に色々なわだかまりを抱えていた。部活仲間達が気丈に振る舞っていてくれているおかげで、入院当初のような絶望感はもう無い。しかし、それでも自分は立海テニス部の部長でいてもいいのか、という大きな悩みは消え去っていなかった。

入院当初考えていた、真田を部長に、柳を副部長に、という発案すらも未だ没にはしていないのだ。言おうとは何度も試みたが、どれも彼らを目の前にすると言い出せないでいた。

更に、もう1つ。



「…何をやってるんだあの馬鹿は」



愚痴を吐くように漏らしたこの言葉は、紛れもなく晴香に向けられたものだ。再入院してから何度も携帯から連絡を入れたものの、結局今まで返事が来たことは1回も無い。1番何かを知ってそうな柳に問いただしてみても、今は時期ではないそうだ、としか言われなかった。幸村はその言葉で何かを察したには察したが、納得は出来るはずがなかった。しかし、だからといって自分から何かを起こすことも出来ない。



「待ちくたびれたよ、ほんと」



投げやりに吐き出されたその言葉は、病室のすぐ外にいた切原の耳だけに届いた。そして切原はそれに辛そうに顔を歪めた後、静かにそこから立ち去った。



***



「…蓮二」

「なんだ?弦一郎」



此処立海テニスコートでは、春休みでも休むことなく部活動が行われている。誰もが声を出し必死に取り組んでいる中、真田は相変わらずノートに何かを書き込んでいる柳に話しかけた。その腰はいつもの彼らしくなく、どこか引け気味だ。



「ずっと気になっていたことがあるのだが」

「ほう、お前が溜め込むなど珍しいな。なんだ」

「田代は一体、何をやっているんだ」



真田のその発言は、柳の動きを止めるに充分な力を持っていた。それからしばし思案するように黙り込んでから、口を開く。



「今まで運動も何もしていなかった、ましてやあの物臭な田代が1人で体力作りを行っているのは、確かに不可解極まりない」

「あれほど嫌がっていた俺のリハビリプランも自ら申し出てきた。更には、一言も愚痴をこぼさず淡々とやってのけた」

「しかも幸村君とは連絡取ろうとしねぇし、何考えてんだか」

「…ブン太か」



これまでの晴香の行動を分析している2人の元に、急に後ろからガムを膨らませながら登場したのは丸井だった。そのあっけからんとした態度に、2人は驚いた後に苦笑する。



「クラスで何か変わった様子は見られるか?」

「なんっか勉強熱心になったんだよなー。根本的にはそりゃあいつのことだから変わっちゃいねぇんだけど、大事なことはなんも話そうとしねぇ」

「問いかけたことはあるのか?」

「ん、一応な。軽く流されたけど」



柳、真田の順番で丸井に疑問をぶつけるが、当の本人も何もわからない為困ったように首を傾げる。



「…だが、1つ言えるのは、田代は俺達の為に何かをやっているということだ」

「俺達の為に、か?」



そして、柳が言葉を続ける。



「あぁ。以前田代に“任せろ”と言われたんだ。きっと田代なりの考え、やり方があるんだろう」

「ほんっとあいついいとこ取りだよなー。いっつも持ってきやがるぜぃ」

「全く、少しは相談というものをせんか!」

「他の誰でもなく田代だからな。俺達は時期が来るのを待つしかないだろう」



この数ヶ月間ずっと言い聞かせてきた事を、改めて再確認した3人。しかし、その時期がかなり待ち遠しく感じているのが現状で、3人はあまり浮かない顔のまま部活を再開した。
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