崩れだしたのは何だったのか 幸村君が倒れたあの日から3日が経った。 「今日からよろしく、田代。って言っても、俺もお前と同じであと1週間で退院するけどね」 淡い緑のパジャマを着た幸村君は私の病室に入ってくるなり、いつもと何ら変わらない様子でにこやかに挨拶をしてきた。しかも、私の隣のベッドのおばさんにも余裕をこいて挨拶してる。 「…どういうことだ」 「やだなぁ、所詮検査入院だよ。ちょっと疲れが溜まってただけ」 「そんなことを聞いてるんじゃない」 思わずいつもより声を張り上げてしまったが、今はそんなことはどうでもいい。 「3日前に君が運ばれてきた時、心底驚いた」 「まぁ、だろうね。赤也なんか泣いてくれちゃってさ、あいつ本当俺のこと大好きだよね」 「しかしあの次の日、君は何食わぬ顔で帰って行った。またね田代、という言葉を残して」 「そうだったっけ?」 「またね、というのは、こんな所で再会しようという意味だったのか?」 飄々と返事をしてくる幸村君に若干の違和感を抱きながらも、私はこの不満を晴らすように彼に言葉を投げつける。そうすると一瞬、ほんの一瞬だけ幸村君の顔が曇った。でもそれはすぐに無くなって、次はこんなことを言ってきた。 「場所を変えようか、田代」 彼が何を考えているのか、つくづく分からない。 *** 俺が倒れた原因は未だわかっていないから、それを突き止めるために1週間検査入院することになった。幸い田代の入院期間も残り約1週間だし、田代のいない学校は退屈だったから良いっちゃ良いかな、なんて今では思っている。 体の異変がなんだ。体調の悪さがなんだ。俺は、この検査入院で病院なんて最後にしてやるんだ。 「…病名ははっきりしてるのか」 「ううん、まだ」 田代と一緒に来たのは屋上で、塗装された地面の上を子供達は元気に走って遊んでいる。患っているであろう病気のことなんて、ちっとも感じさせないくらいにはしゃいでいる。 「体の異変には気付いていたのか」 「若干体調が悪いなとは思ってたよ。でも皆は騒ぎすぎ、ほら、俺元気でしょ?」 「…」 「昨日は学校にも行った。別にそんな大それた病気なんて持ってやいないさ」 機械のようにベラベラと動く自分の口に、感謝をすればいいのか恨めばいいのか、もはやよくわからない。でも俺、なんか馬鹿みたいだ。田代を安心させたいからっていうのもあるかもしれないけど、これじゃあまるで自分に無理矢理言い聞かせてるみたいじゃないか。 「私だって、そう信じたい」 「…田代?」 田代の目線が、俺から外れる。 「あんな光景、もう見たくない」 「…ごめん、見せないから」 「何を信じていいのかわからないんだ」 1つ1つ慎重に言葉を紡いでいく田代はいつもの田代じゃない。沈黙が重い。 ねえ田代、お前はいつも通り興味なさそうな顔して俺の言葉を聞き流してよ。じゃなきゃ俺だってどうしていいかわかんないよ、この馬鹿。そんなことも口に出せればいっそのこと楽だったのに、いつだって肝心な言葉に限って出てくれない。その悔しさを読み取られないように、俺は田代と同じように地面を見て、下唇を噛み締めた。 |