「私を勝手に変えたのは、君達だろう」 田代のその言葉は、言葉だけを聞くと冷たい感じがするけど、実際は柔らかく、暖かいものだった。 出会った時は本当に俺達に無関心で目すら合わせなかった田代が、今ではこんな風に言ってくるようになった。…いや、基本的には無関心なのは今も変わらないか。 最初田代が倒れてる姿を見た時、自分の中で何も考えられなくなった。ただすぐにその軽い体を抱えて、真田に救急車を呼ばせたことくらいしか覚えてない。病室で目が覚めるのを待っている間、俺達は一言も会話を交わさなかった。そのうち赤也、ブン太、仁王がすすり泣き始めても、誰も何も3人にしなかった。声すらかけなかった。 それが、田代が目覚めただけで全部嘘だったかのように明るくなって、嬉しくなった。…どうやら変わったのは、俺達も一緒みたいだね。 「…見舞い、毎日来るから」 「それは鬱陶しい」 「見舞いの食べ物毎日持ってきてあげるから」 「大歓迎する、是非来てくれ」 「わかりやすい奴だな」 蓮二がそうツッコむと、田代は無表情で一度頷いた。 「明日大会に出品するスペシャルケーキ、田代のために1ホール焼いてきてやっからな!」 「あぁ」 「出店で買った物も持って来るなり」 「あぁ」 「私達の演劇のビデオも差し上げましょう」 「あぁ、あまりいらないな」 全く、本当に天の邪鬼というかツンデレというか。自分じゃ気付いてないんだろうけど、田代は本当に嫌な時は僅かに目を細める癖がある。でも今はしっかりと柳生の目を見て返事をした。なんだかんだでわかりやすいんだからー。 「兎に角安静にしてろよ?」 「桑原君が言うなら」 「勉強は俺が見てやろう」 「真田君はうるさそうだから嫌だ」 頭と腕に巻かれた包帯も、顔色の悪い表情も、確かに全部痛々しいけど。 「田代」 「なんだ幸村君」 「俺達、お前のこと大好きだからね」 田代がこうやっていつも通り話してくれてるなら、それでいっか、と、思った。 「…ありがた迷惑だな」 そして田代は、俺の目をしっかりと見ながらそう言って、笑った。 *** それにしても、酷いものだ。鏡に映った自分を見て私は思わず溜息を吐き、目を閉じた。 頭と腕に巻かれた包帯の下にある傷が痛む。さっきまでなんともなかったのに、あの人達、それにその後来たお父さんとお母さんが帰った瞬間これだ。 「…変な話だ」 普段独り言と言っても大抵心に想うだけであまり口には出して言わないが、なぜか今は出してしまった。それはきっと、あの人達がいなくなって静かになってしまったこの病室に、相当な違和感を抱いているからなんだろう。…これから3週間はこんな夜が続くのか。 「寂しいなんて、言ってやるものか」 窓から空を見上げると、そこには珍しく綺麗な星が輝いていた。そして同時に目の片隅にちらつく、携帯のイルミネーション。折角星を眺めているのに、と心の中で悪態をつきながらも携帯を手に取り開くと、なんとメールが同時に8件も来た。まぁ、大体誰かは想像つくが。 ─安静にして、ちゃんと飯食って、たくさん睡眠とれよ。あっ、見舞いの食いもんとか遠慮なく言って良いからな。とにかく、お大事にな! ─学校で貴方の姿がしばらく見れなくなるなんて、とても違和感を抱きますね。早く治して、また元気な姿を見せて下さいね。お大事に。 ─田代ー早く治してー田代がおらんとかつまらんー無理ー ─お前がいなかったら誰が俺と一緒に菓子食ってくれるんだよぃ!さっさと退院しろ!むしろ明日しろー!! ─晴香先輩…(´;ω;`)早く会いたいっす。 ─そんなに細い体をしてるからヒビなんぞが入るのだ!退院したらすぐに鍛えるぞ!しかし、今は安静にして治療に専念しろ。 ─入院している分のノートはとっておこう。田代は何だかんだで寂しがり屋だからな、見舞いも毎日誰かしら行くことにしている。恐らくほぼ毎日全員になるだろうが。お大事に。 ─早く戻ってこいよ、あと、来年の海原祭は絶対一緒だから。馬鹿田代(^ω^) 「(…好き勝手な事を言ってくれる)」 しかし、そんな内心とは裏腹に口元の緩みが止まらない。とはいえ全員に個別で返信するのは面倒なので、一斉送信でおやすみ、とだけ送っておいた。その後すぐに何人からそれだけか、といったツッコミの類のメールが来たが、さすがに無視した。仕方ないだろうメールは苦手なんだ。 病室のあまり寝心地の良くないベッドにごろん、と寝っ転がる。時刻は20時、まだまだ寝るには早いが今日は普段経験しない事が起こった為か疲れた。眠い。だから寝る。 「(明日、お母さんに暇潰しになるもの持って来てもらおう)」 結構な大怪我なのに対し、心情は割と平気だった。それはきっと、また来年がある、この言葉のおかげだろうと1人考えた。 それでも、今日から退屈な入院生活の幕開けだ。…あー、やっぱりやってられない。 |