「バイバイ田代ちゃん!」 「うん、また明日」 手を振りながら教室を出ていくクラスメイト達に、同じように手を振り返しつつその後ろ姿を見送る。午後5時半、ようやく今日の分の作業が終わった。教室にはもう誰もおらず、学校全体も静まりかえっている。さて、それなら私もそろそろ帰るとするか。 そう思い腰を上げて自分の席に鞄を取りに行くと、前の仁王君の席にある物を見つけて、思わずあ、と声が漏れる。 「(どうするべきか)」 そのある物とは、何故忘れるんだと問いかけたくなる貴重品、財布だった。シックなデザインで、私ですら聞いた事がある有名なブランドのロゴが小さく刺繍されている。こんな物を堂々と机に置いておくなんて馬鹿なのかあの人は。あ、馬鹿か。 兎に角、他の物ならまだしも財布は危険だ。いくら学校に残っている人が少ないとはいえ、誰もいないとは言い切れない。…届けるしかないのか。 「(すっごい嫌だ)」 まさかあのテニス部に自ら足を運ぶ時が来るとは思ってもいなかった。今は準備期間だからそこまで女子達は群がっていなさそうだが、それでも厄介なことに変わりない。全く…前までの私なら普通にスルーしていたというのに、どうしたものか。 とりあえず教室を出て、その長い廊下をマイペースに歩く。バタバタバタ、待って下さいッス真田副ブチョ!、ん?切原君の声が後ろからするぞ。しかもかなり凄まじい勢いで近付いてきてる。大体何が起きてるか想像出来るから、振り返るのは憂鬱で仕方ないが私は仕方なしに歩みを止め、踵を返した。 「…うわ」 「むん!?田代っ!?ち、違うのだぞこれは断じて俺の趣味では無い!!」 「副ブチョつーかまえたっ!」 「よくやった赤也、お手柄だ」 真田君を後ろから羽交い締めしてる(しきれてないけど)切原君に、そんな切原君の頭を撫でる柳君に、…人魚のコスプレをしている真田君がそこにはいた。半裸が何とも気持ち悪い。 「柳先輩、晴香先輩全力で引いてるッスよ」 「安心しろ、いくら総合監督が精市とはいえ俺もドン引きしてる」 「田代、これは「あの、目に毒なんだが」違うのだあぁあぁああ!!」 総合監督を幸村君に任せた時点で、こんな事になるのは目に見えているであろうに。つくづくテニス部は幸村君に甘いというか、逆らえないというか。 それから真田君を極力視界に入れないようにして柳君の説明を聞いたところ、どうやらテニス部の演劇は人魚姫のパロディをするらしい。そのヒロインに真田君が抜擢されたのだが、衣装を無理矢理着せた途端脱走したとか…これは流石に真田君に同情するな。ちなみに切原君は王子役のようで、まぁそれなりにサマになっている。だからこそ真田君がより酷く見えると言っても過言ではない。いや、そうじゃなくても酷いが。 「しかし真田君、校内に逃げるのはおかしいだろう。他の生徒に被害が及ぶ」 「あ、副ブチョ死んだ魚の目みたくなってるッス」 「確かに半分魚ではあるがな」 あ、確かに。…って、そんなのはどうでもいいんだ。折角テニス部員に会えたわけだし、ここで仁王君の財布を渡しておこう。そう思った私は手に持っていた財布を柳君の前にだし、これが仁王君の物だと言う事を伝えた。 が。 「ほう、それは大変だな」 「…いや、これ、忘れ物なんだが。」 「俺に届けろというのか?」 「それ以外何がある」 「落とし物には一割の礼を、というだろう。仁王はお前に礼をしてくれるはずだ。だからお前が直接渡せ」 「いや別にいらない、って切原君抱きつくな離れろ」 決して言いくるめられてはないのに、強制連行されてるのは何故だ?今の状況を説明すると、切原君が後ろから抱きついていて、更にはそのまま無理矢理前進させられている。真田君は人魚のしっぽ部分を柳君に掴まれそのまま引きずられている。 「ゴーゴー晴香先輩っ!」 「…なんだこの光景」 「楽しいだろう?」 「君の目は節穴か」 結局こうなるらしい。 |