「どうですか?」

「軽い貧血ね、すぐに寝たわ」



保健室のソファに腰掛け、保険医の田代への手当てを待っていると、保険医は数分後にベッドのカーテンを閉めこっちに戻って来た。そしてもう一度ベッドの方へ視線を向けてから、若干困ったような表情で肩をすくめる。



「この歳で来る子も珍しくないわ。田代さんはとても細いから、もうちょっと遅くても不思議じゃないくらい。それにしても立派な対応をしてくれたわね、ありがとう」

「礼には及びません。…もう少し色々と自覚してほしいんですがね」

「ふふ、そうねー。生理と切れ痔を間違える子なんて初めて見たわ」



保険医はそう言うとようやく楽しそうに笑い出したので、俺もつられるように苦笑する。田代が天然なのは百も承知だったが、ここまで来ると天然とはまだ別種のものになるだろう。



「どうする?授業戻る?」

「いえ、ついていても良いですか?」

「この時間だけなら良いわよ。私はここにいるからなんかあったら呼んでちょうだい」

「わかりました」



保険医の了承を得た所で俺はソファを離れカーテンを開け、ベッド付近に用意されている椅子に腰を降ろした。田代は相変わらず血色の悪い顔で寝ている。…こうして田代の顔をまじまじと見るのは初めてだが、普段の適当さからはかけ離れた端正な顔立ちをしているな。決してずば抜けて可愛いだとか綺麗だとかそういう訳ではないが、とにかく整っている。

そう思いながらなんとなく田代の額に手を当てると、顔色から窺える通り体温は冷たかった。全く、無理をしすぎだ。



「…ん」

「起きたか?」

「……あれ」

「軽い貧血だそうだ。田代、お前は切れ痔ではない」

「…じゃあなんなんだ?」

「生理だ」



俺がそう言うと田代は案の定「そうか」、といつも通りの淡白な返事をしてきた。あまり面と向かってそれを言うのは気が引けたが、相手が田代だ。そんなに気にすることでもないだろう。



「そういえばそんなものがあったな、女には」

「自分の体だろう、もう少し興味を持ったらどうだ」

「特に考えた事も無かった」



田代に何かを強いるだけ無駄か。



「私はどれくらい寝ていたんだ?」

「ほんの15分程だ、まだ怠いか?」

「あぁ」

「なら休んでいろ」

「でも、柳君は」

「この時間はもう授業には戻らない。次の授業にはちゃんと出る、だから今はお前の看病をさせてくれ」



田代は確かに適当極まりない人間だが、誰かに迷惑をかけるようなことは嫌うらしい。つまり、それなりの常識はちゃんと持ち合わせているということだ。しかし今はその常識は不要だな、素直に言うことを聞けば良いものの。



「たまには甘えてみたりしたらどうだ」

「甘えたいと思うこともないから別にいい」

「…はぁ」



仰向けの状態でなんとも可愛くないことを言った田代の額に、その冷たさを暖めるように俺は再度手を当てた。田代はその暖かさが気持ち良いのか再び目を閉じ、眠りに入った。



「なんだかんだこれは甘えじゃないのか、田代」



が、言葉とは裏腹に俺の手を求めるように縋り寄ってきた田代に、思わず軽く噴き出しながら呟く。この声は聞こえていないだろうし田代自身無自覚なんだろう。まぁ、それでもいいか。とにかく今は、ゆっくり休むんだぞ。
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