「きれ…っ!?」



唐突に発された田代のその言葉に、心底驚いた俺は思わず滅多に開かない目を見開いた。しかし田代は至って真面目な表情で俺を見上げていて、これは冗談でもなんでもないことを悟る。



「…痛むのか?」

「あぁ、かなり」

「よく立っていられるな」

「実はこうして話しているのも辛い。どうにかならないか」

「肛門科に行くのが1番だと思うが」

「しかし、不思議な事に肛門は全く痛くないのだ」



女の口からそのワードが出るのはあまり良い事ではないぞ田代。…それにしても、切れ痔なのに肛門が痛くない、とは…どういうことだ?不可解な状況に眉を顰めていると、田代は具合悪そうに、かつ淡々と話を続けた。



「じゃあどこが痛いんだ」

「お腹。しかもボーッとする」

「…腹の、具体的にどの辺りだ」

「ヘソ下辺りだ」



…成程、なんとなくわかってきたぞ。田代の体の発育的にまだ来ていなくてもおかしくはない。とにかくこいつは細いからな。



「柳、君」

「…田代、死にそうだが大丈夫か?」

「自覚したら途端に痛くなってきた。今日は朝から変なんだ、無性に苛立つ」

「立っていられるか?」

「柳君は移動教室だろう。行って良い、私は肛門科に行く」

「その必要はない」

「な、ぜっ!」



さすがに自分の事に疎すぎるというか、なんというか。とりあえずこんな状態の田代を置いていく気は更々ないので、俺は軽すぎる体を容易に持ち上げた。田代は不服な表情で見上げて来るが、勿論離しなどしない。



「降ろしてくれ、柳君」

「無理だ」



睨みと同時に抵抗の言葉を投げかけられても、行動に移す体力は無いのか俺の腕から抜け出そうとはしない。余程我慢していたんだろう。



「えっ、柳!?何田代拉致しようとしてんだよぃ!?」

「拉致反対ー!」

「本当はお前らが気付くべきなんだぞ。今日の練習メニューは2倍だ」

「「えぇー!?」」



そこでB組の前を通り過ぎると、窓から俺と田代の様子が見えたのか、仁王と丸井は一目散に教室から出てきた。1番近くにいる2人がなぜ気付かないのかが不思議でたまらない。



「大丈夫だ、直に楽になる」

「柳君は肛門科の医師免許でも取っているのか」

「冗談を言うほどの元気はあるようだな」

「冗談…?」

「素か、そうか」



田代は冗談を言うキャラではなかったな。

そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴り、田代は僅かだが申し訳なさそうに目を伏せ、すまない、と謝って来た。



「気にするな。ほら、保健室に着いたぞ」

「ん」



ドアをノックして入ると案の定保険医は驚いた表情で俺達を迎えて来た。妥当な反応だろう。



「ど、どうしたの!?えっと、貴方は…」

「2Bの田代晴香です。俺は2Fの柳蓮二です」

「田代さんに柳君ね。柳君、田代さんは一体…?」

「今日が初めてのようですよ」

「…成程ね。無自覚なの?」

「はい、俺に切れ痔と言ってきましたから」



田代は既に意識が飛びかかってるのか、俺と保険医の会話には口を挟んでこない。とりあえず俺はタオルを敷いたベッドの上に田代を置く。全く、世話が焼ける奴だ。そう思いつつもなんだかんだで放っておけない自分が、1番笑えるが。
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