「田代!」

「ん。」



式が終わって教室に戻り、帰りのSHRも終わり。まとわりついてくる丸井君と仁王君を振り払い玄関まで誰よりも速く来たのだが、何故かすぐ後ろには幸村君がいる。私もまだまだだな。何がまだまだなのか自分でもよくわからないのはスルー。



「夏休み、楽しみにしててね?」

「は?」



急に名前を呼ばれて素直に立ち止まったのが間違いだったのかもしれない。幸村君は何を思ったか、靴箱ロッカーに背中を預けている私の顔の横に手を置き、急にそんなことを言ってきた。そしてテニスバッグを抱え直し、颯爽と去っていく。

意味が分からない。

楽しみにしてて、なんて。丸井君も幸村君も悠長すぎる、練習で忙しいテニス部に遊ぶ暇なんて無いはずなのに、とんだ口約束だ。

私はこの時、幸村君の言葉など全く真剣に受け止めていなかった。だから家に着いたときにはもうすっかり頭から離れていた。

でも、これがのちに物凄い後悔を巻き起こすことになるなんて。



***



───そして時は過ぎ、夏休み3日目の早朝。1日目、2日目はひたすら家で寝るという至福の時を存分に過ごせたのだが、今私の機嫌は最高潮に悪い。時計を見ても時刻はまだ7時過ぎだ。勿論居場所はベッドだし、本当に寝起きの状態。なのに何故、



「晴香先輩!起きて!」

「寝坊とはたるんどるぞ田代!」

「弦一郎、うるさい。ご家族の方まで起こしてしまったらどうするんだ」



窓からこの人達が身を乗り出してるんだろう。



「予想通り女の癖になんの飾りっ気も無い部屋だなー!」

「うるさいなら出てけ」

「まぁまぁそう言わずに…よいしょっと」

「なぜ入ってくる」



夜暑いからといって窓を全開にしてたのが間違いだったのか。それとも、自室を1階にしたことから間違いだったのか。着なくなったTシャツに学校の短パンジャージという適当極まり無い格好を大っぴらに晒すわけにはいかないので、とりあえずタオルケットにくるまる。ていうか幸村君ちゃっかり部屋に入り込んできたんだがなんだこの人。生憎うちの両親はちょっとやそっとじゃ起きないし、これってもしかしなくても絶体絶命じゃないかあぁもうやだ死にたい。



「珍しく田代が困ってるーうけるー!」

「残念だがなんもうけない。本当に何しにきた」



改めて私がそう問うと、幸村君はどす黒く輝いた笑顔を私に向けながらとんでもないことを言ってきた。



「海行くよ!」



誰かこの人の暴走を止めてくれないだろうか、あぁ桑原君目逸らさないで。



***



「良い子じゃのぅー」

「先輩もいるとか最高ッス!」



改めて聞く、何故こんなことになってるんだ?

幸村君の問題発言にたっぷり10秒は固まった後、とりあえず顔を洗いに行くために無言で部屋を出ようとした。しかしその行動をこの厄介な人達が見過ごしてくれるはずもなく、切原君、丸井君、仁王君が更に部屋に入り込んで来て私の腕を掴んだ。

逃げられないとわかった場合は抵抗しないで適当にやり過ごすのが1番。これを最近になって会得した私は、彼らの管理下の元で身支度全てを済ませた(さすがに着替えは1人だったが)。最後まで家から出るのは渋ったが、このように仁王君と切原君に挟まれて連れられてはどうしようもない。例えるならば、今の私は人間に連行されている宇宙人だ。呆気ない。



「田代…悪いな」

「いや、桑原君が謝ることじゃない」

「すみません田代さん、女性の貴方にこのような振る舞いを…」

「いつだか全力で私を追いかけてきたのは誰だ」



というか柳生君、正式にテニス部に入部したのか。…ん、そういえばこの人達、部活は?



「部活はどうしたんだ」

「今日は唯一のオフ日でな。しかし自主練を怠るわけにはいかない。そこで海で特訓することになったんだ」

「どうしてその特訓に私が参加せねばならない」

「え?楽しそうだから」



柳君の、意味はわかるけど訳がわからない説明にそう文句を付けると、さも当然かのように幸村君が横入りしてきた。不快だ。不快すぎる。



「私は君達の玩具ではない」

「む?田代はサポートをしてくれると聞いたが?」

「帰るむしろ帰らせろ」

「まぁまぁ落ち着けよぃ!真田を納得させる理由それしかなかったんだって!」



仁王君と切原君の腕を振りほどこうと暴れる私を、丸井君は後ろから肩に手を置き宥めてきた。更に小声でそう言われるが、正直私にはなんの関係もない。私がいなくても充分に成り立つことだろうし、むしろこんな面倒くさがり屋(自負はしてる、これでも)なんぞいるだけ邪魔だろう。何がサポートだ。してられない



「そんなに嫌なら仕方あるまい」



私の表情から気持ちを汲み取ったのか、柳君は一度歩く足を止めるなりそう言ってきた。突然のことに頭が追いつかないが、つまりアレだ、帰って良いということだ。



「ではお構いな「あーあ、残念だねー。お昼は折角焼肉なのに。ね?皆?」

「あぁ、海の家の肉はどれも新鮮だというデータがある」

「絶対美味いッスよねー!」



…何、足を止めているんだ私。2人からはもう解放されたんだ。自由の身なんだ。ここからならまだ家までそう遠くない。早く帰ろう。



「そういえば今期間限定で田代が好きなカルビ、しかも特上のやつがぎょーさんあるらしいぜよ」

「行く。…あ」



たった2文字、発してはならない言葉をいとも簡単に発してしまった自分がこの上なく憎い。
 2/5 

bkm main home

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -