「田代さん」 「…幸村君?」 仁王からブン太と田代さんが教室で居残りしてる、っていう言伝を聞いて、俺は先輩との試合を5分くらいで終わらせた後、休憩を装って玄関に来た。待つ事数分、案の定田代さんが先に1人で降りてきたから、それを合図に話しかける。 「何故ここに」 「田代さんを待ってたんだ。ブン太と2人で居残りだったんだって?」 「…情報発信源は仁王君か」 「当ーたり」 俺が目の前にいるにも関わらず、平然と靴を履き替え、その場から足早に立ち去ろうとする田代さん。俺はそんな彼女の腕を少し乱暴に掴んで、ロッカーに無理矢理押し付けた。 「幸村君、痛い」 「俺田代さんのこの細さ好きだよ」 「よく気持ち悪いと言われる」 「それがいいんじゃない、見た目弱々しいのに田代さん超強いし面白いんだもん。俺大好き」 「それはそれは」 田代さんは少ない筋肉を精一杯駆使して、俺から意地でも離れようと足掻いている。えーそんなに嫌とかショックー、と笑顔で言えば、田代さんはふざけるなとでも言いたげな顔で睨みつけて来た。 「田代さん、アドレス教えて」 「面倒臭い。基本携帯はいじらない」 「知らないよそんなの」 「随分横暴だな」 相変わらずの冷めた目に冷静すぎる、今時の女子では絶対にありえないような口調。面白い、面白い!その全てが俺の好奇心を引き立てるには充分な様子で、思わず声を上げて笑い出しそうになった。 「幸村君」 「ん?」 「これをあげるから離してくれないか」 すると田代さんは唐突に、俺が掴んでいない方の腕を使ってポケットから飴を取り出した。きっと果汁なんてちっとも含まれていない、加工されまくりの安っぽい飴だ。ちなみにイチゴ味ね。 「俺こういうのきらーい」 「私も嫌いだからあげてるんだ」 「俺にいらないものあげるとか良い度胸してるね」 「交友関係がそこまでないゆえに他にあげる人もいない。適当に君の後輩か誰かに押し付けてくれないか」 「…ふーん、わかった」 そうして俺は、田代さんの手からその安っぽい飴を取った。なんで嫌いなのに持ってるの、と聞くと、朝来る時に知らない人から貰った、だって。田代さんって警戒心あるのかないのかよくわかんないよね。 「私を引き止めた目的は?」 「そんなのないよ?ただ、きっと来るだろうなーと思ったから待ち伏せしてただけー。ほら、君俺のお気に入りだから」 「それは光栄だ」 何の感動もなさげに棒読みで返して来た田代さんを見て、俺はまた面白くなる。 「部活は?」 「あー…そろそろあの部長うるさくなる頃かも。とりあえずアドレス」 「…わかった」 「あと田代さんとか呼ぶの面倒だから、田代って呼ぶね」 「ご自由に」 そこでやっと観念したのか、田代は嫌々ながらも俺に携帯をズイッと差しだしてきた。赤外線設定とかは俺にやれ、ってことかな?アハハ良い度胸ー。 「じゃあ今日の夜から迷惑メールしまくるね」 「受信拒否設定しとく」 「冗談。じゃーねー」 んじゃまず、今日の帰り道にでも暇潰しがてらに電話しよう。 さて…この手の中にある飴、田代は誰かに押し付けてって言ってたよな。それならアイツしかいないよね。田代、自分の言葉にはちゃんと責任持たなきゃ駄目だよ?そう思いながら、俺は頼りない背中に向かってヒラヒラと手を振った。 *** 「(はぁ…)」 翌日。昨日は夕方から夜にかけて、携帯の画面には延々と「幸村君」の文字が広がった。たった5分返信しなかっただけで催促メールが来るなんてしつこすぎる。15分返さなかったら次は電話が来るし、なんて人だ。 そんなわけで今日の私は絶賛寝不足な訳である。こんな体調のまま学校なんて本当はたまったもんじゃないが、サボるわけにもいかない。まだ朝の段階だというのにもう体が帰りたい、帰って部屋のベッドで寝たいと悲鳴を上げている。 「田代ー!!」 「(来た…)」 そしてそんな私の元に来るのは、最近色々と厄介な丸井君だ。いつから私の周りはこんなに厄介で面倒な人尽くしとなってしまったんだ、と密かに頭を抱える。 「おっはよ田代!」 「…お、おはよう」 が、そこで異変に気付いた。…いやいや、これはおかしいだろう。丸井君が私に対してこんな上機嫌に話しかけてくることなんて有り得ないのに、彼はいやに笑顔だ。これも何かの策略か?私的には関わってくれなければなんでもいいんだが、そういうわけにはいかないのか? そんな風にどうしたものか、と首を傾げていると、丸井君はとんでもないことを言い出した。 「お前、ほんっと素直じゃねぇよなぁ!俺と仲良くしたかったんならそう言えよ!」 「は?」 「昨日幸村君から貰ったぜぃ、いちごの飴!あれ俺に渡すはずだったのに渡せなかったんだろぃ?お前案外照れ屋?」 凄まじい混乱の中壊れかけの思考回路を駆使して、やっと脳が状況を把握した。 やられた。完璧に、やられた。 昨日幸村君がメールで言ってた「明日楽しみにしててね」という言葉の意味は、こういうことだったのか。安易な発想から犯してしまった自分の失態に、これでもかというくらいの後悔の念が押し寄せてくる。 「菓子をくれる奴に悪い奴はいねぇ、っつーことで今日からお前を認めてやるよ!」 「いや、そんなことは一言も」 「照れんなって!ほら一緒に購買に食いもん買いに行こうぜぃ」 「ええぇええぇ」 何故まだHRもしていないのに購買に行かなければならない、そんな疑問を頭の中で反芻させながらも、丸井君の腕を引っ張る力には対抗出来ず。途中廊下で仁王君と目が合った時、フッ、と笑われた後、すれ違いざまに耳元でこう言われた。 「ブン太の好きなタイプは食べ物をくれる人じゃ。好感度急上昇、おめでとう、田代」 正直この場で張り倒してしまおうと思ったのは内緒だ。 私の腕を引っ張り、鼻歌を歌いながらとても上機嫌で前を歩く丸井君。刹那、幸村君のあの楽しそうな笑い声が頭の中を支配した。なんならこの廊下の窓から飛び降りてみようか、本気でそんなことを考えた私はきっと末期なのだろう。お願いだから誰か助けてくれ! |