「もうほんと面白い!どうしよう蓮二!」

「…楽しそうで何よりだ」



昼休み。柳と幸村は、食堂にて昼食をとっている真っ最中だ。パスタを頬張りながらそんな言葉を発す幸村は一見とても微笑ましいが、柳の立場からしたら頭を抱える問題であるのは明白な事で、早速彼は深い溜息を吐いている。



「だって、仁王の変装なんて立海名物同然なのにあの子なんも知らなかったんだよ?しかも強豪テニス部の俺達の存在も知らなかったみたいだし。こんなこと、今までにあった?」

「確かに、田代は色んな意味で予想の斜め上を行くな。愛想には欠けているが」

「そんなのいらないんだって!無愛想だからこそ良いんじゃない、からかい甲斐があるよ。あ、後あの細さも良いよねーちょっと蹴ったらすぐ折れちゃいそうな感じ」

「…そうか」



柳はこの時、幸村の玩具としてターゲットにされてしまった晴香に深く同情した。更には、幸村がこうなってしまった以上これから自分に苦労が降りかかってくる事を覚悟し、そしてそれを痛感するばかりであった。



「どうする?いっそのことマネージャーとかに引き込んじゃう?」

「精市、それは先輩達が決める事であって」

「えーだって先輩達弱いじゃん。1番強い俺が決める事に文句持つ奴なんかいるの?」

「田代は基本何事にも無関心だ。そんなことをやるようには思えない」

「あー、確かに手強そう」



どうしようかな、と顎に手を当てながら視線を上に向け、思案し始める幸村。その仕草を見て近辺にいた女子生徒は軽く沸いたが、実はその思案内容が凄まじく残酷なものであることは柳以外誰も知るはずが無い。



「うん、マネージャーはやめた。ありきたりでつまんない」

「お前は田代に何を望んでいるのだ?」

「望んでるっていうか、求めてるの。面白さを」

「ほどほどにしておけ」



こうなってしまった精市は誰も止める事ができまい。柳はそう判断し、苦笑と共にそんな言葉を投げかける事によって幸村をあやした。



「蓮二ー、俺プリン食べたい」

「もう5個目だろう。あまり食べるとブン太のように太るぞ」

「俺あんな鍛え方ヤワじゃないもん。だから買ってきて良い?」

「俺の意見を聞いたところでお前は自分の思うがままに行動するのだろう」

「さっすが、わかってる」



幸村はそう言うと、ズボンの後ろポケットにセンスの良い長財布を差し込みそのまま席を立った。もっとも、買いに行く途中で会ったテニス部の後輩に話しかけたところから、その財布が使われることは恐らく無くなっただろうが。



「おや、柳君ですか」

「お前は、ゴルフ部の柳生か」



そこに、プリンを買いに行った幸村と入れ替わるように柳生が通りかかった。クイッと眼鏡を押し上げながら律儀な挨拶をした柳生に対し、柳も軽く会釈を返す。



「いかにも。…そういえば最近、貴方の所の仁王君がやけにテニス部に勧誘してくるのですが、どうにかなりませんか?」

「奴は自由人で何を考えてるかわからないからな。お前の素質を見込んでの事だろう。この際ゴルフ部から転部したらどうだ?」

「…まだ何とも言えませんね」



本当にたまたま通りかかっただけだったのか、柳生はそれだけ言うと「失礼します」と苦笑をもらし、柳の元から去って行った。



「…今年から、色々起こりそうだな」



去って行く柳生の背中と、やはり後輩にプリンを3個ほど買わせている幸村を見て、柳は1人そう呟いた。同時に、今この場にはいない少女、晴香の顔もまた、彼の頭の中に入り込んで来た。



***



「なぁ」

「何だ」

「なんでそんなに食うのに太らんの」

「知らない」



一方、こちらは2年B組。ほとんどの者がそれぞれ楽しく雑談しているにも関わらず、教室の片隅だけはあまりよろしくない雰囲気が流れている。



「あ、これ美味そう」

「勝手に食べないでもらいたいんだが」

「食べ物の恨みは怖いのう」



丸井がジャッカルの元へ行ったのを良いことに、仁王は丸井の席を乗っ取り、晴香の横で彼女にちょっかいをかけながら昼食をとっている。彼は晴香がウンザリ顔なのには勿論気付いているが、全くやめる気配を見せない。それがこの不穏な雰囲気を生み出している根源だろう。



「田代ーかまってー」

「面倒」

「やだ」

「私もやだ」



コンビニで買い占めた無数の菓子パンを頬張る晴香に、大きめではあるがたった1つのおにぎりだけを頬張る仁王。誰から見ても食べる量が男女逆である。



「田代、食いもん何が好き?」

「基本なんでも」

「そん中でもあるじゃろ、1つくらい。めっちゃ好きな食いもん」

「カルビ」

「うわ可愛くな!」



仁王がそう反応するも、晴香は本格的に面倒くさくなったのか前を向いてただただパンを頬張るのみとなってしまった。ちなみに、今食べているので4個目だ。



「単体で食う派?ご飯と食う派?」

「玄米ご飯と食べる」

「うおー渋いのう」

「…何故ここにいるんだ」



そこでやっと、晴香はずっと気になっていたであろう疑問を仁王に投げかけた。そうすると仁王はやっと聞いてくれた、と口元を緩ませ、椅子を完全に晴香の方に向ける。



「田代」

「何だ」



仁王の突然の接近に、若干たじろぐ晴香。



「にらめっこしよ」

「つくづく意味が分からない」



しかし緊迫な雰囲気は一瞬にして消え、またお馴染みの仁王ワールドが炸裂された。それに晴香は呆れ返り、パックジュースをズズズ、という盛大な音と共に飲み干し、ゴミ箱に向かうため席を立った。勿論仁王も後ろに続く。



「君は金魚の糞か」

「いや?田代の糞」

「発言が汚い」

「自分でも思ったぜよ」



果たしてこの異色コンビは、自分達がクラスメイトから奇怪の眼差しを向けられていることに気付いているのだろうか。…気付いていたところで気にする性分でもないが。



「田代ーアド交換しよー」

「面倒くさい」

「赤外線の設定とか俺がしちょるから」

「そういう問題じゃない」



ちぐはぐな会話に、独特すぎる雰囲気。この時を境にクラスメイトが2人に一目置くようになったのは、言うまでもないだろう。
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