「コラッ、そこの貴方!校門に入ったら自転車からは降りなさ…って待ちなさーい!」

「…?あ、私か」



翌日。昨日は家に帰ったら親子丼が用意されていて、それを3杯ほどおかわりした後、お風呂に入って、寝支度をして、寝た。それらをこなしていた時、もう既に私の頭の中にテニス部と話したことなど記憶になかった。かろうじて切原君の決意だけはなんとなく反芻してたけど、それも朝になればほとんど薄れていた。ごめん、切原君。

そしていつも通り自転車で校門に入った所、どうやら今日から風紀強化週間に入ったらしく、校門前に立っていた逆光眼鏡君に注意されてしまった。ウォークマンで音楽を聴いていたから気付かなかった、失礼、逆光眼鏡君。



「全く…貴方、お名前は?あと、クラスも教えてもらいましょう」

「…それはちょっと面倒くさいんで、勘弁」

「何を言ってるんですか!風紀を乱したのは貴方ですよ!?」

「ごめんなさい」



私の個人情報をメモろうと、手帳とペンを手にばっちり構えていた逆光眼鏡君。でも、生憎こんなことで生活態度を減点されるわけにはいかないのだ。

そう思った私は再び自転車に乗り、競輪選手さながらの勢いで自転車置き場に向かった。それに伴い、後ろから追いかけてくる逆光眼鏡君。なんだあれ嫌だ無理速い。だから更にスピードを上げ、乱暴に自転車を停めて、鍵を素早く掛け、玄関に飛び込む。うっわまだ追いかけてきてる、なんてしつこいんだ(元は私が悪いのだが)。

だから私は一か八かの賭けで、そのまま教室には向かわず靴箱の裏側に身を顰めた。何処ですかー!、ドタバタ。去って行く逆光眼鏡君の後姿が窺えたところで隠れるのをやめ、靴を出し、何事も無かったように教室に向かう。これで逃走劇は終わりだ、朝から無駄な体力を使ってしまった。1時間目は寝よう。



「いけないんだー」



階段をのろのろと上っていると、後ろから聞き覚えのある声がした。振り向かなくてもどうせすぐ隣に来るだろうと思いそのまま歩いていれば、案の定声の持ち主は隣に来て、私の歩調に合わせながら歩き出した。



「無視とは酷いなり」

「無視したわけではない。振り向くのが面倒だっただけだ」

「それを一般的には無視というんじゃよ」



いちいちうるさいな、この銀髪は。私は疲れているんだ。いけないんだ、と声を掛けてきたということは今さっき起こった逃走劇を仁王君は見ていたのだろう?それなら疲れを察してくれたっていいじゃないか。なんて少しばかり自己中心的な考えを抱いた時に教室に着いたので、ドアを開けて入る。



「やっと来たー!もう、なんで昨日帰っちゃったんッスか!?」

「…はよ、仁王」

「ん、おはよーさん」



しかし入ったら入ったで、そこにはまた疲労の原因があった。私の机に当たり前のように座っている切原君と、その隣に鬱陶しげに座っている丸井君。なんだか目も頭も痛い。



「切原君、そこは私の席なんだが」

「嫌ッス、先輩が謝るまで俺退けないッスからね!」

「わかったごめんだから早く退けてくれ」

「切原、早く退きんしゃい。今日の田代は不機嫌ぜよ」

「…それ以上不機嫌面してどうすんだよ」



いらない事を言った丸井君は軽くスルーする。切原君が渋々席から退けたところで私は即座に入れ替わるように座り、ウォークマンを大音量で聞くことにした。多分盛大な音漏れが発生してるだろうが、これは私の声をかけるな、という意思表示だ。これに対し丸井君は相当怪訝な顔をしているに違いないが、そんなの私だって一緒だ。不機嫌なことこの上ない。だから全てを遮断するために両腕を枕にして、睡眠に入る。



「えー、先輩どんな音楽聞くんスか?一緒に聞きましょうよー!」



…が、切原君がその行為を許してくれるはずもなく、結局予鈴が鳴るまで私の周りはずっと騒がしいままだった。しまいに切原君は私の片耳からイヤホンを取って、本当に一緒に音楽を聞き始めた。お願いだから寝かせてくれ。
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