失ったのは退屈な未来

「君はもっと強くなれる」

「テニス部へ入って、更なる高みを目指せ。俺達はいつでも相手になってやる」



柳君ともう1人、やたら老け顔の人が切原君にそう言い捨てて、幸村君を先頭に3人はコートから出て行った。四つん這いになってへたり込む切原君。

試合は、彼の負けだ。



「(…テニスとはこういう競技だったか)」



途中老け顔の人は突然火を出してた気がするし、切原君に至っては目が真っ赤になったりもした(それを見て本気で帰ろうと思ったが、後日の処理が面倒くさそうなのでやめた)。でも、そういう有り得ない面もあったけど、試合はハイレベルすぎるものだったと思う。テニスなんてまともに見たことも触れたことも無い私が言うのだから、これは確実だ。

未だ崩れ落ちている切原君に駆け寄ったのは丸井君と、なんか…黒豆っぽい人。私はその光景を腕を組みながらボーッと見つめている。そんな中仁王君はこちらに向かって手を振って来たが、もしかしたら私に振ってる訳じゃないかもしれないからスルーしておく。間違ってたらそれこそ恥だ。

そろそろ本当に帰ろうか、と若干足を動かした時、急に切原君は立ち上がって、コートより若干離れた所に居る私の元へ爆走して来た。実に速い。更にそのスピードを止めること無く、



「ぐっ、」

「せんぱあぁあい!!」



タックルしてきた。…いや、切原君的には抱擁なのだろうが、なんせ痛い。腰がミシミシと雄叫びをあげている気がする。でも切原君は絶対にちょっとやそっとじゃ離れてくれなさそうだし、仕方なくその痛みを我慢してそのままの状態でいる。何故私がこんな目に、内心はそんな不甲斐なさでいっぱいだ。



「俺、悔しいッス」

「だろうな」

「勝つ気満々だったのに…クソッ!」

「かなり自信に満ち溢れていたからな」

「先輩も、負けるな、って、言ってくれたのに…!」



しかし私は、切原君のその言葉に疑問を抱いた。そしてすぐに、あの時の私の言葉に語弊があったことに気付く。確かに話の流れ的にはこう捉えられても仕方のない事だろう。むしろ、この捉え方をする人がほとんどだ。



「切原君」

「は、い」

「私は別に、あの老け顔に試合で負けるなという意味で言ったんじゃない」

「老け…っ!?」

「自分に負けるな、という意味で言ったんだ」



そう誤解を解こうとするも、切原君の頭の上には未だ疑問符がたくさん散りばめられている。あぁ、この子は理解力が乏しいんだった。思い直した私は彼に改めて向き合い、小さく口を開いた。



「もしこれで切原君が飄々と、何も悔しがらない様子で私の元に帰って来たのなら、恐らく私は君に何の感情も持っていなかった」

「…今の俺に、は?」

「少なからずだが、良かったと思っている」

「先輩、俺、」

「悔しさと向上心があるなら負けにはならないぞ、切原君」



こんな慰めじみた言葉、吐いた事が無いゆえにむず痒い。むしろ自分の中にこんな言葉のボキャブラリがあった事に驚きだ。だが、切原君はそんな私だけが抱いている違和感には気付かずに、目がキラキラどころかギラッギラに輝いている。



「俺、先輩のこと愛してるッス!!」

「そう来たか」

「なんで、今は」



ぽすっ、とまたちゃっかり私の胸に顔を埋めて来た切原君。喜んだと思ったら大人しくなったりと忙しい子だな。そうしてしばらくその状態で突っ立っていると、やがて切原君のすすり泣く声が聞こえてきた。同時に、胸元らへんが涙で熱くなる。



「(…全く)」



これは制服がびしょ濡れになる可能性大だな。…でもまぁ、仕方ない。割り切ろう。とりあえず私は、この犬みたいな後輩が泣きやむのを待つことしかできなかった。

───そうすること数時間。(どんだけ泣いてるんだ)(というよりもただ単に胸に顔を埋めてるだけなのは気のせいか?よし気のせいにしておこう)



「よし…俺、行ってきます!」

「?何処にだ」

「老け顔んとこッス!!テニス部に入って、いつかナンバー1になるんス!」

「あぁ、頑張れ」



そう言えば切原君はたちまち猛ダッシュで、ちょうど部活が終わったのか制服姿の老け顔君の所へ駆けて行った。で、少し話して…ん?グラウンドに行ってしまったぞ。あれ、なんかめっちゃ走ってる。これは待たなくていいよな?むしろ待てと言われても待つものか。

と決まればさっさと帰ろうと思い、ふと切原君から老け顔君に視線を移してみると、なんと彼はいつの間にかあの仁王君に変化していた。ちょっと待て、何事だ?老け顔君と仁王君なんて似ても似つかないだろう。笑えない。怖い。



「あ!田代さんだー!」

「…!?」



その時、後ろからいやに上機嫌な声がしたと思い振り返れば、そこには幸村君がいた。でも、私が驚いて思わず後ずさった原因は彼じゃない。原因は、その隣にいる老け顔君だ。



「さ、さっきまで切原君と話していたのでは?」

「むん?」



自分でも珍しく狼狽していると思う。だって、訳がわからないじゃないか。老け顔君が一瞬にして仁王君に変わって、そしてさも今来たかのようにもう1回老け顔君が現われて。一体何が起きているんだというんだ。私がそんな疑問を頭の中で無限ループさせていると、見兼ねてくれたのか柳君が話しかけてきた。



「田代、仁王の特技は変装だ」

「変装?」

「恐らく、弦一郎の姿に変装して切原に悪戯をしたのだろう。全く、せっかくの新入部員だというのに容赦ないな」

「いいじゃん、面白いし。そういうことで田代さん、安心して?別に怪奇現象が起こってるわけじゃないから」



幸村君になだめられるなんて少し癪だが、私の中のもやもやが晴れたからそれでいいとしよう。…それにしても変装が特技って、何なんだあの人は。またもや私の中の仁王君への不信感が募っていく。



「アイツ、また仁王に騙されたのかよ」

「ククッ!やっぱおもしれぇ奴!」



そんな会話が聞こえた方向に目を向けると、そこにはヘトヘトな切原君を見ながら会話をしている、黒豆君と丸井君がいた。



「フフッ、これから楽しくなりそうだね」

「全く…たるんどる!」



続けて、幸村君と老け顔君がそう言葉を交わす。柳君はポケットに片手を突っ込んで、見守るようにそれらを傍観しているだけだ。なんだか保護者みたいだな、この人達。

何はともあれ、これで私の任務は終了だ。いや、正確に言うと切原君と老け顔君の試合が終わったあの瞬間から終了していたのだけど、それに関しては今更掘り返すつもりは無い。ということで、帰ろう。

「帰っちゃうの?」と問いかけてきた幸村君の言葉に小さく頷くと、再び彼から「えーまだいてよー」などという大変面倒くさい言葉が降りかかって来た。私は返事をするのも面倒だから、そのままスタスタと歩き出した。



「あぁああぁ!?先輩帰っちゃだめーー!!だめッスよーー!!」



が、次に耳に入った切原君の叫び声に再び溜息が出そうになったのをぐっと堪える。なんて目ざといんだ、君はとりあえず走っておきなさい。そういう意味を込めて、私は彼には振り向かずに再び歩き出した。お腹空いたな、今日のご飯はなんだろう。
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