「で、また此処に来る訳か」 「誰かが此処に来ようと言う確率は90%を上回っていたからな」 焼肉屋でどんな戦争が繰り広げられたかは、今までの経験からしてもう言う必要は無いだろう。唯一違った点と言えば、今日はこの前と違いちゃんと食後のシャーベットも食べる事が出来たという箇所くらいだ。 そして食べ終わってからはまぁお約束というか、丸井君と切原君が来たいと駄々を捏ねたので、私達はまた此処、河川敷にやってきた。此処には去年と今年の全国大会後に来た以来だから、今回で三度目という事になる。夏にしか来た事が無いこの場所は、今の季節だとなんだか心なしか穏やかに感じる。多分勘違いだろうが。 「ほら先輩っ、食った後は運動っすよー!」 「俺もう動けねー…腹きつー…」 「なんでもかんでもボンボン放り込むからじゃろ」 芝生に寝そべっている丸井君を切原君が引っ張り起こそうとして、それを傍らで座っている仁王君は呆れた様子で見つめている。確かに私もお腹はきついが、別に動けないほどでもないな。仕方ない、構ってやるか。何故か途端に芽生えた遊び心を抑える事無く、私は切原君に近寄り彼の肩を叩いた。 「ん?どうしたんすか晴香先輩?」 「はい、タッチ。切原君鬼」 「えっ!?」 「へぇ、田代も鬼ごっことかするんだな」 で、振り向きざまにそう言って後は全力疾走だ。切原君は最初は驚いて反応出来ていなかったけど桑原君の言葉で我に返ったのか、私の名前を大声で叫びながら追いかけてきた。あ、速い。ていうか丸井君と仁王君までいる、さっきまで寝てたのに何故だ。 「ぐふっ」 「先輩捕まえたー!」 「田代ー体力落ちたんじゃねーの?」 「それでも女子にしては速いなり」 結局ものの数秒で追いつかれてしまった私は、背中から切原君に思いっきりダイブをされて走っている足を止められた。足どころが全身が芝生に打ち付けられて若干痛い。 「切原君!仮にも田代さんは女性なのですからそのような野蛮な行為はつつしみたまえ!」 「仮にもとはどういう事だ柳生君」 「田代、怪我は無いか!」 「大丈夫だが」 走って来たツッコミ所が満載な優等生コンビにとりあえず返事をすれば、切原君は渋々退けて行った。下敷きにされた私を桑原君がいつものように苦笑しながら引っ張り起こしてくれて、やっと皆と視線が合う。後ろから幸村君と柳君も歩いて来て、自然と私達は輪になった。 「あ、駄目っすよ!次先輩達と円陣組むのはまた一緒に試合する時って決めてるんすから、俺!」 「そんな事いつの間に決めたの」 「全国大会の日からっす!」 別に円陣を組もうとかそういう気は少なくとも私は無かったのだが、切原君は何かを感じ取ったのかそう言って顔の前に両腕で大きくバツを作り、輪から1人外れた。彼に質問を投げかけた私の隣にいる幸村君は、その答えに優しく頷いた。 「んじゃ次は田代が鬼じゃな」 「本気でやらせんのかよ…」 「…タッチ」 あ、と皆の声が重なった所でまた全力疾走をする。何をしたかというと、油断している幸村君にタッチしてそのまま逃げたのだ、悪いか。だって、こんな化け物並みの脚力を持ってる人達に自力で勝とうなんて無謀にも程があるし、これが1番賢明な判断だろう。 「精市相手に卑怯な手を使うとは、あいつは本当に変わらないな」 「田代はずっと変わんねぇだろ」 「変わってもらっても困るぜよー」 「もー俺マジで田代大好き!」 「俺もッス!」 「全く、先が思いやられるものです」 「田代ー!待てー!」 「本当飽きないよね、あいつ。あ、ていうか報告しておくけど」 そうして次こそは捕まるまいという気持ち一心で走っていた私だが、突如発された真田君の馬鹿でかい声に素直に反応してしまい、仕方なく一度足を止め後ろを振り返った。 「俺のあいつに対しての好きは、お前らとは違うから」 するとそこには私に向かって人差し指を指している幸村君がいて、彼の言った言葉に他の人達は驚いたように目を瞠ったけど、その言葉は私の距離からじゃ何も聞こえなかった。一体何を言ったんだろう。 が、そんな事を悠長に考えていられたのも束の間。スタートダッシュを切った幸村君が私の傍まで来るのにそう、いや、全く時間はかからなかった。 「幸村君、速すぎる」 「だから、覚悟してなよ田代」 「?何がだ」 すぐに走り出したものの再び後ろから思いっきり抱き着かれ、今度は下敷きにはならなかったが幸村君はそのまま私を抱き締め続けた。更に、耳元で囁かれたよく意味の分からない言葉に首を傾げ彼を見ると、 「幸村君、顔が赤い」 「うるさい空気読め馬鹿」 「ブチョーー!!!俺聞いて無いッスーーー!!」 「気付いてなかったのかよぃ」 その顔はまるで茹ダコのように真っ赤だった。 「さ、逃げるよ田代」 「え、幸村君も?」 「当然」 切原君と丸井君の声が後方から聞こえて来るなり一瞬にして我に返った幸村君は、そのまま私を抱っこして爆走し始めた。私は米俵か。 沈みかけている夕日に向かって走るなんてどんな青春ドラマだ、と心の中で突っ込んだが、まぁこの人達とならそれも悪くないかな、と思う。 この人達と居れて、良かった。 「幸村君」 「ん?何?」 「…やっぱなんでもない」 「―――そう」 顔を背けて続きの言葉を言うのを止めた私の心情を、きっとこの人は当たり前に見抜いているんだろう。そのいやに笑顔な顔と目を合わせずにいると、お前はいつになったら素直になるのかな、と言われたので、無言で彼の胸板を殴っておいた。 全てが面倒臭かった。人と関わるのは苦手だった。暖かさなんて知らなくて良かった。1人でも生きていけると思っていた。寝る事が1番の幸せだった。自分が良ければそれで良かった。憂鬱、だった。 でも今は、それほどでもない。 20120410 fin. →あとがき |