「あぁー!もう傑作だったよ!最高田代!」



目の前で腹を抱えて笑う幸村君をなんとも言えない気持ちで見つめていると、彼につられるように他の人達も噴き出し、更に私は居た堪れなくなった。

何個か前の試合で私が渾身の力を込めて投げ放ったボールは、特に細工したつもりは無かったのに何故か急カーブし、そのままそれを避けきれなかった真田君の顔面に直撃した。彼は倒れこそはしなかったが打ち所が悪かったのか、つう、と一筋の鼻血を垂らした。

いくら普段はどちらかというと真田君に対し酷い扱いをする私でも、あの不慮の事故は流石に申し訳なく思ったのだがどうやらこの人達はそうではないらしい。一瞬静まり返った体育館内の中、1番最初に反応を示したのは幸村君だった。それも爆笑で。

A組の大黒柱とも言えた真田君がアウトになった事により、B組は形勢逆転し勝利を手にした。だがそんな事はどうでもよく、むしろ勝ってしまった事により次は幸村君のクラス、C組と当たる事になってしまったのだから、どちらかというと望んでない結果だ。



「田代、見事だったぞ」

「流石に謝る、すまない真田君」

「真剣勝負とはこういうものだ」

「ぶふっ」



そこで私達の輪に話題の人物、真田君が入って来たのだが、彼は止血の為に鼻の穴にティッシュを詰め込んでおり、その有様に仁王君、丸井君、幸村君はまた噴き出して笑い始めた。柳君、桑原君は何とか堪えているがやはり口元は震えていて、本気で真田君を心配しているのは柳生君しかいない。なんとも薄情な。

まぁ兎に角、真田君もこう言ってくれた事だしそろそろ次の試合も始まる。ここは気を取り直そう。そう思い一歩足を踏み出せば両隣に丸井君と仁王君が立って来て、小声で耳打ちしてきた。



「幸村君のボールは絶対キャッチしちゃ駄目だかんな!」

「何故だ?」

「幸村の事じゃ、多分学年1速いボールを投げて来るぜよ」



耳打ちの内容は忠告と言えるもので、私はとりあえず了承の意を込めて軽く頷いておいた。

C組に勝てば次は決勝戦だ。別に張り切っている訳では無いが、折角ここまで来たならば、という想いが胸の中に浮かんで来る。だから私達は向かいのコートで相変わらずニコニコと笑っている幸村君に対し、宣戦布告として親指を立ててみた。が、即座に返って来たのは、親指を下に向けたものだった。…慣れない事はするものじゃないな。

そして、今回は笹谷君がジャンプボールを取った所で、試合は始まった。




「田代さん、さっきの調子で頑張ってな!」

「田代ちゃん超かっこよかったよー!」

「あぁ」



土田君とクラスの女子の声援を受けつつボールを目で追っていると、フと幸村君と目が合った。

あ、凄い怒ってる。

一瞬でその事が分かった私は原因が土田君だという事を悟り、彼から離れ仁王君の元へ駆け寄った。海原祭にバレンタインデーと、土田君が絡む度にあれだけ怒って来たんだ、いい加減気付く。深い理由までは知らないが。



「田代ー!パスパスー!」



イージーミスで試合が始まった直後にアウトになってしまった外野の丸井君にボールを渡すと、彼は傍にいた男子に容赦なくボールを当て、内野に帰還した。彼の帰還にクラスメイトが沸いたのも束の間、いよいよ幸村君がボールを手に取った。



「あ」

「田代ーー!?」

「死ぬな田代ーー!!」



だから後ろの方に行こうと走り出した直後、まさかの靴紐を踏んで転んでしまった。咄嗟に受け身は取ったから怪我は無いものの、ゆっくりと後ろを振り向けばそこには幸村君がいて、やばい、と危険を直感する。ちょうど相手コートとの境目、すなわち彼の近くで転んでしまったから、この至近距離で当てられればどれだけ痛い思いをするかなんて目に見えている。

そんな推測が容易に浮かんだ私が起こした行動は、体を縮こまらせ両腕で顔面を守る、というなんとも滑稽な体勢を取る事だった。後ろでは相変わらずうるさい丸井君と仁王君の声が聞こえる。

…が、来るはずの衝撃がいつまで経っても来ない。それを疑問に思った私は腕の隙間から幸村君を見上げてみたが、彼は



「馬鹿、お前に本気で投げる訳ないじゃん」



そう、優しい笑顔で私にだけ聞こえるように呟いた。



「え」

「はい、田代アウトー。外野行ってらっしゃい」

「幸村君んんんん!!田代の敵とるぜぃいい!!」

「ふふ、やってみなよ」



その直後、私の足にポン、ととても緩くボールが当たった。幸村君は相変わらず笑顔だけどそれはさっきのような優しいものではなくて、試合が始まる前のような好戦的なものに変わっている。

あの優しい笑顔は意外だったが、痛い思いをせずに済んだのは有難い事だ。私は外野から奮闘している丸井君、仁王君、幸村君の姿を見つめながら、意味も無く手をぎゅっと握り締めた。
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