「俺と試合して下さい」



陽も沈み、もうすぐ部活が終わるという時に、切原君の凛とした声がテニスコート中に響き渡った。突然の事に、片付けを始めていた部員達やそれを手伝っていた私、未だコートで打ち合いをしている他の人達は一瞬でその手を止めた。そして、彼の方に視線を移す。



「そのうち来るとは予想していた」

「うむ」

「いいよ、やろうか赤也」



三強の目の前に堂々と立って、力強い眼差しを容赦なく注いでいる切原君。事の経緯をいち早く理解した桑原君は、審判席に座って審判を承った。それに続くように他の人達もコートの近くに集まって、4人の成り行きを見守る。

切原君は入学した時からずっと、柳君、真田君、幸村君を倒すと言い続けてきた。レギュラーに昇格して一緒に行動するようになってからは随分と3人に懐いていたから、その闘争心は普段はあまり見られなかったが、心の中には変わらずにずっとあったのだろう。



「時間の都合もあるから、試合は5ポイント先取制で行くよ」

「わかったッス」



幸村君の説明に深く頷き、切原君は意味も無くガッドを指で弾いたりし始めた。その行動で緊張している事が一目でわかり、隣にいる丸井君と目を合わせ苦笑する。

しばらくして、桑原君のコールが響いた。柳君、真田君、幸村君の順番で試合は進められていくらしい。



「あいつ、ずーっと3人の事追い抜かすっつってたもんな。俺らだっていんのにテニスの事に関しては3人しか眼中になくてよ」

「そうだな」



気が付くと丸井君はガムを噛む事をやめていて、それがどれだけこの状況が切原君にとって、私達にとって重要なものかを悟らせる。



「あいつは強くなったぜよ、ほんとに」

「えぇ、みるみると成長していきましたね」



1年前はすぐに終わった試合が、今ではたった5ポイント形式のルールでもこんなに長く続いている。

たった1年、されど1年。私なりに、切原君の事をその期間の中で沢山知る事が出来た。言葉にするとどれも陳腐なものになってしまうから多くは語りたくない。だから、一言だけ言うとするならば、



「絶対負けねぇ!!」



本当に、彼は強くなった。ただそれだけに尽きる。



「―――ゲームセット、ウォンバイ幸村!」



バタン、とコートに倒れこんだ切原君は、柳君と真田君からは1ポイント取ったが、幸村君からポイントを取る事は出来なかった。



「くっそー…また負けちまったッス」

「俺と蓮二から1ポイント取っただけでも大したものだ」

「強くなったな、赤也」

「へへっ、当たり前ッスよ!あんたらに囲まれてたんですから。…でも、」



やっぱ、超悔しいッス。

涙声のその言葉を聞いた私は、試合が終わってから未だ一言も言葉を発していない幸村君に近寄り、その背中を軽く押した。幸村君は一瞬驚いたようにふらついたけど、すぐに笑顔になって切原君の元へ駆け寄った。



「先に行って、待ってるからね」

「…は、い。絶対追いつきます、追い抜きます!!」

「うん、良い心意気」



コートの真ん中で抱き合った2人に、私達だけでなく平部員も拍手を送った。幸村君の腕の中でわんわんと泣きじゃくっている切原君を見て貰い泣きしたのか、真田君も物凄い顔で泣いている。正直その顔に皆結構引いてるのは言わないでおこう。

私達も切原君も、先がちゃんと見えている。今は各々やるべき事が違っても、辿り着く先は一緒だとちゃんと信じられているなら、それだけで充分なんじゃないかと思った。
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