「いっやー赤也のあの顔傑作だったぜぃ!」

「すぐにでも泣きそうだったのう。後でからかってやるきに」



退屈な卒業式練習を終えて教室に戻ってくるなり、丸井君と仁王君は茶化すような口調で先程の切原君の事を話し出した。

あの時私が振り向いた理由は、別に彼の視線を感じたからとかそんな大層ものじゃない。ただ後ろから教師達が見張りをしていないかを確かめるだけの何気ない行動だったのが、まさかそのせいであんな表情を見るハメになるとは思ってもいなかった。



「中等部と高等部なんてすぐに会えるっつーのによ、ほんっとガキだなぁあいつ」

「そういえば、田代は高等部でもマネージャーやってくれるんか?」



頬杖をつきながらそんな事を考えていたら、ふいに仁王君はそんな質問をしてきた。突然振られた話題に若干戸惑うが、とりあえず今思っている事を口に出す。



「まだ決めてない」

「えー、勿論やるだろぃそこは。田代のサポートなきゃ無理だもん俺ら」

「高等部に既にマネージャーがいるなら私はいらないだろう」

「やだ!俺は田代がいいぜよ!」

「同じく!」



完全に私情が入っている2人の言い分に溜息をこぼした直後に先生が来たので、そこで私達の雑談は終わったが、やはり2人はどこか不服そうだ。

実の所、マネージャーについては本当にまだ何も考えていない。今口に出した通り、既にいるのなら私の必要性は皆無だろうからやらないというのは本音だ。ただ、言い方は悪いが、もしそのマネージャーがこの人達をサポートするに足らないというのならやろうかなと思う。それはなんだかんだ、思い入れだけは強いと自負しているからなんだろう。

この人達だって成長していない訳じゃない。私がマネージャーをやろうと決めたきっかけになったいつかの弱音や虚勢は、今は見当たらない。それらがあったあの頃は私が意地でも立て直そうと思ったし、私だけにしかない覚悟があった。私じゃなきゃ駄目ぐらいの勢いだった。でも、もう大丈夫だ。きっとこの人達なら誰がマネージャーでも大丈夫。

しかし、それは喜ばしい事なのにいざ改めてみると何故か眉間に皺が寄った。



「なーに変な事考えてんだよぃ」

「…別に」

「あのさぁ、もっかい言うけどよ」



俺達はお前じゃなきゃ嫌なんだかんな。

…私の表情を見ただけで全てを読み取った丸井君の言葉は、些か威力がありすぎたようだ。だからその言葉に何も返さずに両腕を枕にして顔を伏せれば、丸井君、加えて仁王君の手が頭の上に乗った。

なるほど。この人達の為だけじゃなくて、私がこの人達の傍にいたいと思うようになってしまったのか。



***



「というわけで、多分高等部でもマネージャーはやると思う」

「話の脈略が全くわからない所は気にしない方がいいか?」



放課後。部活に行く為に廊下を出ると前方に三強を発見したので、私はその広い背中達に近寄り、幸村君と真田君よりも一歩後ろにいた柳君に話しかけた。話の内容はつい先程気付いた自分の気持ちについてで、案の定話の流れが読めていない3人は怪訝な表情を浮かべている。



「ていうか、え?今更?むしろお前やらないつもりだったの?」

「高等部にマネージャーがいないとは限らないだろう」

「それもそうだが、てっきりお前は俺達に着いて来るものばかりだと過信していたぞ」



真田君の珍しく狼狽えた様子を見て、本当にこの人達にはかなわないと密かに思った。しかも無自覚ときたものだから余計タチが悪い。

で、ふと笑い声が降ってきたのでそちらに目線を向ければ、やはりその声の持ち主は柳君だった。不機嫌な幸村君、困惑している真田君と違い、彼だけは楽しんでいるように思える。



「何がおかしいんだ柳君」

「いや、お前は相変わらず素直じゃないんだな」

「あっいたいた田代ー!」

「先に行くなんて酷いぜよー」



どういう事だ、と問い詰めようとしたその時、後方から準備が遅いから置いてきたクラスメイト2人の声がして、そこで私達の会話は遮られた。非常に煮え切らないが、この2人が来ては仕方ない。私は諦めて背中に乗っかって来た2人を全力で追い払った。



「何やってんだよ、廊下のど真ん中で」

「仁王君、丸井君、はしたないですよ」



そうすればおのずと他のメンバーも集まって来て、一気に廊下は大賑わいだ。全員でテニスコートまで歩き出せばその途中で切原君も合流して、私の背中にかかる重りは増すばかりとなった。あぁもう、暑苦しい。
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