「はい、柳君」 「仁王達が言ってた通り、今年は本当にチョコを作ったんだな。ありがとう」 移動教室やらなんやらが重なって、結局柳君の教室に来たのは放課後の今になってしまった。昼休みにも顔を出したのだが、どうやら彼は幸村君と一緒に何処かへ消えていたらしい。だから幸村君もいなかったのか、と勝手に納得する。 「掃除当番なのか?」 「そうだ。お前はこのまま帰るのか?」 「まだ幸村君に渡していないんだが、どうやら彼はもう帰ったらしい」 「…それは無いと思うぞ」 と、そこで柳君は眉間に皺を寄せながらそう言ったが、現にC組には幸村君はおろか、彼の鞄も無かった。別にチョコは明日までならまだもつだろうし、わざわざ今日無理矢理渡す事も無い。だからもう帰ろうと思う。 その意志を柳君に伝えれば、彼は不服そうな表情でまた明日な、と挨拶を交わして来た。なんだか腑に落ちないが今日はとにかく眠いので、大人しく彼の教室を後にする。 「あ、田代さん」 「あ」 廊下を歩いて曲がり角に差し掛かれば、そこにはいつだか私に告白というものをして来た土田君がいた。彼も中々人気があるのか、手に提げている袋にはいくつかの可愛らしいラッピングが入っている。 「もう帰るの?」 「あぁ」 「…田代さんは、誰かにチョコあげたりしたの?」 「テニス部の人達には一応」 「そう、なんだ」 歯切れ悪く言葉を発してくる土田君を疑問に思い、私は俯いてしまった彼の顔を何気なく覗き込んだ。すると彼は途端に顔を上げ、なんだか距離が近くなった。 「あの、田代さん!」 「田代」 意を決した表情で私の名前を呼んで来た土田君に返事をしようと口を開きかけた瞬間、背後からまた別の声が聞こえた。この声は、と思い振り返る前に、勢いよく手を引かれる。 「幸村君、まだ話が終わっていない」 「知らないそんなの」 「土田君、すまない!」 何故か非常に苛立った声色でそう言った幸村君に手を引かれつつ、既に結構な距離が空いてしまった土田君に向かって謝罪の言葉を叫べば、手に込められた力が更に強くなった。ちょっと痛い。 いつだったかもこういう事があった。そうだ、海原祭の後夜祭が始まる前に、私が土田君に話しかけられた時も幸村君はこうやって間に割って入って来た。確か土田君は私を取る可能性があるから嫌だ、とか言っていたか。 「幸村君、何処まで行くんだ」 気が付くと私達は人気の少ない裏庭まで来ていた。私の言葉でようやく手を離してくれた幸村君に、とりあえずもう帰ったんじゃなかったのかと問いかければ、先生に呼ばれて職員室に行ってただけ、と素っ気ない返事が返ってきた。あれだ、丸井君、仁王君と話してた通りやはり機嫌が悪い。女子に騒がれるのが嫌いなのにあれだけ騒がれれば無理もないだろうが。 とか考えていたその時、ふいに幸村君は私に向かって後ろ手を差し出して来た。彼の背後に立っている私にその表情は窺えない。なんだろう、もう一度手を出せという事だろうか。 「っ、は!?」 「え」 だからその手に自分の手をもう一度重ねると、幸村君は非常に驚いた顔で勢いよく振り返って来た。それを見て私も驚く。 「…チョコが欲しかったんだけど?」 「あぁ、そっちか」 どうやら私の考えはお門違いだったらしいので、幸村君の手を離し鞄から袋を取りだそうとした───が、手は離してもらえなかった。理由を聞くのも面倒なので仕方ないから片手で袋を取り出し、彼に渡す。 「…美味い」 「味見したからな」 「帰ろっか、田代」 「あぁ」 片手で袋を開けてトリュフを食べている幸村君の姿を見て、食べにくくないのかと疑問に思ったが、その帰り道、私と彼の手が離れる事は無かった。結局さっきの行動についての詳細は聞けずじまいだったが、まぁ聞いた所で素直に言ってくれるとも思えないしいいかと自己完結させた。それにしても幸村君の手は冷たい。 あ、だから私の手を握っているのか。納得。 |