「おーいブン太、辞書返してくれ…って、やっぱすげーなこのクラスは」

「お、ジャッカル!」



授業合間の休み時間にウチのクラスにやって来たのは桑原君だった。彼は丸井君と仁王君の机の上にあるチョコの山を見つめて苦笑し、そう言った。そして丸井君が桑原君に辞書を返す為に席を立ったので、私も鞄から袋を1つ取り彼の後に続く。



「ほい、サンキューな」

「桑原君、これも」

「…え?これ、チョコか?」



桑原君は左手で辞書を受け取ったので、袋は右手に渡す。すると、私がこんな贈り物をするのが意外だったのかそう聞き返された。だから一度コクンと頷く。



「意外だな、田代がバレンタインに参加するなんて」

「今年は強制だ、うるさい輩がいるからな。良かったら受け取ってくれ」

「勿論受け取るぜ、ありがとうな」



ニカッと白い歯を出して笑ってくれた桑原君は、そのまま自分の教室に戻って行った。そこでなにげなく時計を見るとまだ休み時間は何分かあったので、私は余っている袋達をさっさと無くすために鞄ごと持ち廊下に出た。まずは隣のA組、柳生君と真田君のクラスだ。



「おや、田代さん?」

「あ、いた」



廊下に出ると、ちょうど教室に置いてある花瓶の水替えから戻って来た柳生君と遭遇した。折角の機会を無駄にせずに彼の前に袋を掲げれば、一瞬キョトンとした表情をされた後、すぐに笑顔でお礼を言われた。受け取って貰えた所で、そのまま柳生君と一緒にA組に入る。



「田代か、どうした」

「ん」



真田君の机の周りにはウチのクラスの2人には及ばないものの、結構な数のチョコがあった。柳生君も然りだ。だから私はそのチョコの中にポイ、と自分の袋を投げ入れ、何事も無かったかのようにA組を後にした。真田君の反応は絶対に面倒だからというのを見越しての渡し方である。案の定後ろから聞こえて来た大声のお礼に、私は苦笑した。



「…何だあれ」



で、次は逆隣のC組、幸村君のクラスに来た訳だが。…彼の周りには女子が群がっていてとてもじゃないが渡せそうにない。だから私はすぐに踵を返し自分のクラスに戻った。後渡していないのは柳君だけか。彼は教室が遠いからまた後でにしよう。



「おかえり、渡して来たんか?」

「あぁ」

「真田の馬鹿でけぇお礼の声って、お前に向けられたもん?」

「多分。相手にするのは面倒だから渡すだけ渡してさっさと帰って来た」



私の言葉を聞いた2人は、真田ドンマイ!と言いながら笑い始めた。で、ひときしり笑い終わった後に丸井君からそういえば幸村君には渡したのか?と聞かれたので、先程自分が見た光景を説明して渡せなかった事を伝えれば、2人はそれはそれは気まずそうな表情を浮かべた。



「幸村君、絶対機嫌悪いぜぃ」

「幸村君も仁王君と同じく、チョコは好きではないのか?」

「チョコが好きじゃないっちゅーか…幸村はうるさい女子が嫌いぜよ」



仁王君のその言葉で私達の間には沈黙が降りかかった。…ドンマイ、幸村君。
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