じわじわと広がってくる意識

「(…疲れた…)」



2月14日午前8時21分、私は今、多分今までで1番遅いスピードで自転車をこいでいる。理由は昨日夜通しで作ったチョコが原因だ、完全なる寝不足で眠いったらありゃしない。

校門を過ぎてからも自転車を乗っていると、いつもは風紀委員2人組がうるさく注意してくるが、今日はチョコを受け取るのに精一杯でそれどころではないようだ。真田君でもチョコを貰えるのか、と思ったのは秘密。というか、そんな面倒な想いをするのなら今日は風紀点検なんてしなければいいのに、つくづくよくわからない人達だ。一応2人にもチョコは作ったが、あの女子の群がりの中に飛び込んでいく気は更々無いので当たり前のようにスルーする。

それから自転車置き場に自転車を置いて玄関に入れば、なんだか校内全体が甘ったるい匂いに包まれていた。甘い物は好きだし別にそれで嫌悪感を抱く事は無いが、黄色い声で騒ぐ女子達はちょっとうるさい。



「おっはよー田代!さぁ寄越せぃ!」

「待ってたぜよ!」

「ほら早く晴香先輩、俺もう教室戻んなきゃいけないんすから!」



が、教室に着くとそこには女子達よりも更にうるさい3人がいた。なんで切原君が此処にいるかなんていうのはもう愚問だ、この光景は過去に何度も見ている。ツッコむのも面倒くさい。

チョコを寄越せと引っ付いて来る3人が鬱陶しい事この上ないので、私は鞄に手を突っ込んで無造作に取りだした3つの袋を、そのまま3人に投げつけるように手渡した。扱いが適当なのにも関わらずと3人はとにかく貰えた事が嬉しいのか、口々に歓声を上げた。と同時に、切原君は後数秒でチャイムが鳴るので全力疾走で教室に戻って行った。



「もう既にチョコの山じゃないか」

「いっやー、登校したら靴箱に溢れ返っててよ!多分過去最多!」

「俺もじゃき。こげんいらん」

「折角貰ったんだ、食べろ」



2人の机に乗っているチョコの山を見てそう言えば、丸井君は嬉しそうな、仁王君は迷惑そうな表情をそれぞれ浮かべた。いつもならこれだけのお菓子があれば容赦なく手を伸ばして食べているだろうが、今日彼らが貰ったチョコはただのお菓子では無い。女子達の気持ちが入っている特別なものなのだ、それを私が食べてしまっては意味がないだろう。



「田代お願い、本当に食べるの手伝って。俺じゃ腐らせて終わりじゃ」

「わかったいただきます」

「食い付きはえー!」



とはいえ、食べ物を無駄にするのも駄目だ。だから私は仁王君が食べきれない分だけを、女子達に感謝しながら食べる事にしよう。なんていう、建前。



「俺のはやらねーからな!」

「わかってる」

「田代ー、これ食べてええー?」

「あ、俺も食う!」

「勝手にしろ」



すると2人は私があげた袋に手をかけ始めた。家にあったラッピングはお母さん好みだからどうも女の子らしすぎる気がするが、チョコの材料費だって馬鹿にならない。だからラッピング代は節約した。



「うわ、美味そー!トリュフじゃん!1人で作ったのか!?」

「いや、お母さんがずっと隣にいた」

「さすが田代ママなり」



赤いリボンをほどき、袋の中を覗き込む2人。とりあえず掴みは良いようだ。そして2人はトリュフをつまみ、ポイッと口の中へ投げ入れた。



「うんまーい!」

「美味いー!」



そりゃそうだ、味見をしたんだから。そんな可愛げのない言葉が口から出たが、内心は喜んで貰えてよかった、と思った。こんな事は口が裂けても言わない。
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