「そーえば、来月ってバレンタインだよなぁ」

「あぁ、もうその季節が来るんか…」



放課後。掃除当番の私達は仁王君は黒板、丸井君は窓拭き、私は掃き掃除というポジションで適当に掃除をしている。そんな中ふと丸井君が出して来た話題は、後1ヶ月もしないうちにやって来るバレンタインデーの事だった。甘いものが好きな丸井君は嬉しそうな顔をしているが、そうではない仁王君はよほど良い思い出が無いのかげっそりとした表情を浮かべている。この人達は女子に人気があるからさそがし沢山もらうんだろうな、私はそういう行事に参加したことがないからよくわからないが。

今年は何個もらえっかなー!、と浮ついた声で話す丸井君。そんな彼を余所目に、仁王君は黒板消しを持ったまま私に近づいて来てちょんちょん、と肩をつついて来た。その急な行動になんだ、と首を傾げながら問う。



「勿論田代はくれるんじゃろ?」

「嫌だ面倒臭い。人にあげるくらいなら自分で食べる」

「えぇえええ!?そりゃねぇだろぃ!田代からのが1番欲しいっつーの!!」



すると、返って来たのはそんな訳のわからないものだった。しかも私が思った事をそのまま口に出せば2人は揃って不服そうな顔になったし、急に訪れた面倒事に私のテンションは勿論急降下する。それはもう、黒猫を従えている魔女のごとく、このままホウキにまたがり空を飛んで逃げてしまいたいほどに(千里がジブリジブリとうるさいから影響されてしまった)。

だがそんな切なる願いも虚しく、2人は私の背中にくっついて駄々をこね始めた。非常に鬱陶しくてたまらない。



「田代ーくーれーよーぃー」

「めーんーどーくーさーいー」

「田代から貰ったやつなら全部食べるなり!」

「仮に私が渡すとしてもどうせ市販のものだ、他の子から貰ったものの方が言いに決まってるだろう」

「はぁ!?ちょい待ち、俺市販とか認めねぇ!ぜっっってーー手作りな!!」



丸井君のこれまた無茶な要望に、今度は私の口からはぁ?とこぼれ出た。あげる予定すらないのに、手作りじゃなきゃ認めないだと?冗談じゃない、元々固まっているチョコをなぜわざわざ溶かして再度固めたりなどしなければいけないのだ。それなら最初から溶かす必要はないだろう。

そう訴えるものの彼らは聞く耳持たず、とうとう私の拒否権は奪われてしまった。



「去年だってくれなかったんだし、今年はぜってーもらうかんな!」

「ちょ、田代、無言の睨みはやめてほしいぜよ、怖いなり」



仁王君はヘタれて黒板消しで顔を隠したが、丸井君は一向に目を逸らそうとしない。だから私も負けじと見返すが、1分くらい経ったところでその睨み合いは幕を閉じた。



「…もういい、どんな味になっても知らないぞ」

「うおっしゃああぁああ!!!」

「やったぜよー!」



雑巾、黒板消しをそれぞれ高く掲げて本気で喜び出した2人を、他の掃除当番の人達はびっくりした目で見つめている。私は勿論呆れ顔だ。



「今の時代、チョコの作り方なんて携帯でちょちょっと検索すれば出るぜぃ!つーか田代ママなら絶対知ってるって!」

「じゃあ全部お母さんに任せる」

「全部はだめじゃ!」



料理はそこそこ手順とかわかるようになってきたが、お菓子作りに関しては全くの無知だ。そんな私の手作りチョコが欲しいなんてある意味チャレンジャーだな、と思いつつも、満面の笑みを浮かべる2人を見ているとどうもそこまで嫌な気持ちにはなれなかった。最近自分のキャラがよくわからなくなってきたなぁ。

…あれ、ちょっと待て。



「もしかして、2人に作るという事はあの人達にも作らなきゃいけないのか?」

「んぁ?そりゃーなぁ、俺達は別に俺達の分だけでもいいけど、そうなったらあいつら絶対ふてるぜぃ」

「特に赤也と幸村がの」

「幸村君もか?」



ふと頭に浮かんだ疑問を問いかけてみれば、やはり望ましくない答えが返ってきた。が、その答えの中でも更に疑問が見つかった。切原君がチョコを貰えない事で不貞腐れるのは充分に予想出来るが、幸村君まで?あの人だって相当モテるだろうし、この2人のようなくだらない駄々をこねるような人だとも思わない。だから仁王君が幸村君まで不貞腐れると予想したのは意外だった。

しかしそう思ったのは私だけのようで、2人は顔を見合わせ何かを納得したように頷くと、そのまま話を逸らした。怪しい。



「何を隠してるんだ」

「い、いやー?何もー?」

「それより、俺は甘さ控えめのチョコがいいぜよ!」

「個別に作るわけがないだろう、皆一緒のチョコだわがままを言うな。それより、幸村君がなんなんだ」

「俺がどうしたって?」



ピシ、と空気が凍る。私と向かい合わせに立っている2人は、私の背後に立っているであろう人物を顔面蒼白で見つめている。



「チョコがどうたらって、もしかしてバレンタインの話?」

「幸村君、何故此処に?」

「たまたま通りかかったら聞こえてきたの。ほら、俺も掃除当番だからさ。黒板消しクリーナーってB組の前にあるだろ?」



恐る恐る後ろを振り向けば、そこには仁王君と同じように黒板消しを手に持っている幸村君がいて、その表情は笑顔なのにとても怖い。私が何をしたっていうんだ。



「で、田代、勿論俺にもチョコくれるよね?」

「幸村君もこの2人と同じ考えなのか?多分君が1番女子からチョコを貰えるだろう」

「この2人と同じ考えって、それってどんな内容?」

「私から貰えなければ意味が無い、とかなんとか」



私が質問に答えれば幸村君は一瞬言葉に詰まった後、まぁ俺もそういう事になるね、と小さな声で言った。急に自信なさげになったその声色にどうしたものかと思ったが、ここまでくれば仕方ない。私は諦めて首を縦に振った。



「腹がどうなっても知らないからな」

「大丈夫、絶対全部食べるから」



妙に爽やかな幸村君をスルーし、このなんともいえない雰囲気から逃げる為にゴミ捨てをしに廊下に出る。今まで1回も作った事がないのに、急に8人分も作る事になるとはとんだ無駄手間だ。…あ、お父さんの分もいれて9人か。



「お前ら何意味わかんない事言ってんの。次同じような事あいつに言ったら五感奪うからね」

「ぜ、絶対言わないなり」

「…っつーか、幸村君無自覚?」

「…は」



こうなったら、わざと失敗してやろうか。
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