この一瞬が永遠でなくても 「あらやだもーっ、本当に可愛い!凄く似合ってるわ!」 「さすがお前に似ただけあるわ、かわええで晴香!」 この親馬鹿達をどうにかしてくれ、と心の底から思った。 きつく締められた帯は苦しく、これでは食事も満足に出来なさそうな上に歩く時はかなり小股でなければ乱れてしまう。履き慣れてない草履だって歩きにくさを増しているだけだし、顔に塗られた化粧や頭に飾られた簪も、違和感と邪魔くささでいっぱいだ。 「去年まではまだ子供臭かったけど、1年で晴香もやっと大人びてきたからね!この着物も絶対似合うと思ったのよ!」 「せやなぁ、ええでー藍色!派手すぎなくて晴香にぴったりや!」 今日は1月1日、元旦だ。流石に新年という事で家でダラダラしているわけにもいかなく、私達家族は毎年恒例のちょっと良い所に食事に行くのだが…何故か今年は着物を着せられた。お母さんが昔から大事にとってあったらしいので状態は良いが、何故よりによって私が着なければならないのかがいまいち理解出来ない。お母さんが着ればいいのに。 しかし私のその反論も虚しく、やけに浮かれているお父さんとお母さん、1人だけ不服な顔を浮かべている私を乗せて車は発進した。 「今日はテニス部の子達と一緒に過ごさないのー?」 「誘われてるけど、こんな格好で会いたくない」 「なんでや!?ごっつ似合っとるのになんでや!?」 「お父さんうるさい前向いて」 物凄い形相で振り返って来たお父さんに、ちゃんと前を向いて運転するように言葉を投げかける。それでもずっと、折角そないかわええのに会わへん意味がわからん!!とか嘆いてて、私の口からはまた深い溜息が零れ出た。 「まぁまぁ、今日ぐらい良いじゃないの。親孝行だと思って我慢して?」 「…ご飯、いっぱい食べる」 「ええでー、ぎょーさん食え!あそこの料亭の料理はほんま美味いからなぁ、きっとおせちも絶品やで!」 外を見れば何処もかしこも煌びやかな装飾で、更には酔っ払いも結構いて、面倒だから初詣は行かないでおこうと思った。 *** 「えー、晴香先輩来ないんすかー!?」 「ご家族と食事に行くそうだ。その後は時間があるようだが、どうも来たくない理由があるらしい」 「まぁ、田代はこういう人混み嫌いそうだしな」 立海メンバーは今、学校からそう遠くない場所にある神社に初詣に来ている。元旦の昼過ぎなだけあってその人の多さは半端なく、こういった場所を苦手とする仁王は既に疲れ切った顔をしている。対して丸井と切原は数々の出店に目を輝かせており、もはや参拝よりもそっちの方がメインになっているようだ。 「何にせよ早く並んでしまった方が良さそうですね。これからもっと混んで来ますよ」 「うむ、行くぞお前ら」 そして彼らは出店へ行きたいと駄々をこねる2人を無理矢理引っ張り、参拝へ行く為歩き出した。彼らの人数で横一列に並んでは通行の邪魔になる事この上ないので、2、3人ずつに分かれて足を進める。 「田代にコイの経験があるかを聞いた」 「は?」 幸村の隣に近寄り他の者がこっちに意識が無い事を確認してから、柳は彼に対し唐突にそんな言葉を投げかけた。あまりにも信じられない内容に幸村は最高潮に不機嫌な顔を浮かべ、柳に顔を向ける。 「ある、と言っていたぞ」 「…何それ」 「去年の夏に一度だけ、と」 「は?俺達ともう出会ってんじゃん。どこのどいつに」 「あいつは鮭の方が好きだそうだ」 「…はぁ?」 趣旨がズレすぎているその回答に、幸村はいよいよ本格的に機嫌を損ね、涼しい顔をしている柳を思いっきり睨み付ける。 「俺もそんな情報が欲しかった訳ではないのだがな。恋の経験があるか、と問えば、そう返された」 「…あいつ、馬鹿?」 「概ね、俺が恋についての質問などするはずがないと思ったのだろう。だからといって、まさか鯉の方で解釈されるとは思わなかったが」 「無知って怖いね」 「独特な味で私は好まない、と真顔で返された時には流石の俺でもそれ以上聞き返せなかった」 しかし次に続いたその言葉にはプッと軽く噴き出し、一気に表情は穏やかになった。その変化を見て柳も同じように笑う。 「道のりは長いな、精市」 「だからさぁ、お前は最近なんなの?俺意識してないし」 「さぁ、どう捉えてもらってかまわないが」 「むっかつくなー」 和気藹々とした雰囲気で会話をしていると、幸村のポケットが携帯のバイブで震えた。この人混みの中携帯を取り出すのは面倒臭いなと思いつつも、結構な長時間鳴っている所からしてメールではなく電話だという事が窺える。だから幸村は心底仕方なさそうにポケットに手を入れ携帯を取り出したが、その着信相手を見るなり早く出なかった事を一瞬で後悔した。 「噂をすれば、だな」 「…うるさいっての」 |