「(疲れた)」 こちらが頼んだ訳でもないのにベラベラと何かを話していた幸村君は、昼休み突入のチャイムが鳴るなり「あ、お昼食べなきゃ」と言って颯爽と屋上から去って行った。確かに1人にさせてくれたのは有難いけど、いくらなんでもマイペースすぎて着いていけない。着いて行く気もないけど。 本来ならばこの空腹を満たす為に一度教室に戻って昼食をとる所だが、何だか今は疲れた。いちいち階段を降りて戻るのすら面倒くさい。そう思った私はそのまま熱い陽射しの下目を閉じ、睡眠の体勢に入った。 が、重い瞼を閉じて羊を数え始めた瞬間、屋上のドアはバーンッ!と勢いよく開かれ、それと共に最近よく聞くようになった声が耳に入ってきた。どうやら今日は本当に厄日らしい。 「晴香先輩、やっと見つけたー!」 声の持ち主、切原君は大量の購買のお弁当やパンを両手に屋上に現れた。その表情は生き生きとしていて、本当に嬉しそうだ。…嬉しいのは良いことだがこの展開は面倒くさすぎる。私は彼の呼びかけには応えず、薄く開いた目を再び閉じて狸寝入りを決め込んだ。 「あれー?せんぱーい?…寝てるや」 よし、騙された。これで後は切原君が去っていくのを待つのみだ。 …しかし、私のそんな願いとは裏腹に切原君はあろうことか「えいっ!」とか言いながら、急に私の頬をつまんできた。思わず眉間に皺を寄せる。 「せんぱーい、起きてー」 「………」 「チューするッスよ!」 「………」 「チュウー」 「それはキツいぞ切原君」 「何だ、起きてるんじゃないッスか!」 流石に冗談だと思ったものの切原君の髪の毛が鼻の先に当たったところで、私は少々焦りながら目を開けた。本気だ、この子。だって、案の定目を開けた瞬間の視界は切原君しか収めていなかった。いや、近い。 「近い」 「先輩、お昼一緒に食べましょ!」 「生憎だが教室にある。取りに行くのは面倒だ」 「じゃあ俺が行ってあげるッスよ!」 「ちょ」 そう言うと切原君は私の声も聞かずに、「これ先に食べちゃダメッスよ!」と自分が持ってきた食料達を指しながら一目散に屋上から出て行った。誰も頼んでないのに。確かに有り難いことなのだけれども、なんというか、とんだお節介だ。 ふと空を見上げると、そこには真っ青な空模様が広がっている。その様に幾分か気分が晴れた気がしたが、数分後再び耳に入ってきた声と賑やかすぎる足音に、私はまた頭を悩ますことになった。で、嫌々ながらドアの方を見ると、なんか人が増えてた。 「君が田代晴香だな」 第一印象、目が無い。 *** 昼休みに廊下で切原に出くわした俺は、女物であろう弁当を持って走っている奴に対し、どこへ行くのかと問いかけた。すると切原は、「別に関係無いッス」と少しふてくされた様子で返答してきた。 切原と言えば、先ほど弦一郎のクラスにて精市と3人で部活メニューについて話し合っていた時、急に誤字だらけの果たし状を突きつけてきたばかりだ。それもあってこのような可愛くない態度を取ってくるのだろうが、それが癇に触った俺は走り去ろうとした切原の首根っこを掴み、どこへ行くのかを吐き出させた。その結果、行き先は屋上らしい事がわかった。だから、早速俺はそのまま首根っこを掴んだ状態で屋上に向かって歩き始める。苦しそうな声が聞こえるが、別段問題は無いだろう。 「君が田代晴香だな」 「うん」 屋上のドアを開けると、そこには最近俺のデータノートに新しく追加された人物、田代晴香がいた。追加された理由は言うまでもない、仁王や丸井があれだけ騒いでいるのだ。切原も彼女に興味を示しているというのは新しいデータだな、後で書き足しておこう。 とりあえず開口一番に彼女の名前を再度確認すると、彼女は至って無表情でシンプルな返答をしてきた。気怠げな態度とやけに細い体が印象的だ。 「離して下さいッス!!」 「あぁ」 暴れる切原を離してやると、あっさり離されたことが予想外だったのか奴は少々足をもつれさせた。思いきり睨みつけている様が視界に入るが、俺はそれを当然のごとく無視し再び田代に向き合う。 「先輩、お弁当持ってきたッスよ!」 「…あぁ、ありがとう」 そこまで歓迎していない様子で切原を受け入れる田代。対して切原は、そんな事は微塵も気にしていないのか兎に角彼女に構い続けている。誰からどう見ても一方通行だ。 「いただきまーす!」 「…君は食べないのか」 「もう食べ終わったところだ」 切原はまるで俺の存在が無いように振る舞っているが、田代はそんな事はせず(建前だろうが)、そう問いかけてきた。まさか話しかけられるとは思っていなかったから若干驚いたが、事実、食べ終わったのは本当だ。それで手を洗いに行こうとした途中で切原に会ったのである。 「隣に座っても良いか」 「勝手にどうぞ」 了承を得てから遠慮なく田代の横に腰掛ければ、彼女の向かいに座っている切原は俺に対し敵意剥き出しの視線を送ってきた。こんなにも敵意識されているのか、と考え1人で苦笑する。 「仁王達から話は聞いている」 「へぇ」 「興味は無いのか?」 「ちょっとアンタ、晴香先輩はアイツらのこと嫌いなんッスから、食事中にまでアイツらの話しないでよ!」 いちいち五月蝿い奴だ、その思いを込め目を開き切原を見つめると、奴は予想通り押し黙った。良し。 「嫌いなのか」 「嫌いと言うより」 ───どうでもいい。 田代はそう言って卵焼きをつまみ、ゆっくりと咀嚼し始めた。 「…成る程」 「あぁ」 「では、仁王達がお前のことをなんと噂していたかも」 「興味ない」 俺の言葉を遮り、意見を主張してきた田代。他にも質問をしようと口を開きかけた瞬間、切原がまたもや「はいはい終わり!」と割り込んできたせいでその話は続けられなくなったが、まぁこれだけでも充分だ。 「田代」 「?」 「柳蓮二だ」 「そうか」 クラスは言ってもきっと意味が無いと思ったからあえて言わなかった。俺の目を一度も見ずに返答をしてきた田代に、人知れず小さく微笑む。そしてそのまま立ち上がり、屋上を後にした。 仁王が好み、丸井が嫌いそうなタイプだ。ついでに精市も気に入りそうだな(本人から気に入った、という話を聞いたのはこの後すぐのこと)。 面白い。 |