食欲だけが理由じゃない

「肉まんを作るらしい」



晴香の突発的なその言葉に、誰もが不思議そうに首を傾げた。時は夕暮れ、後輩指導と称して参加してきた部活の帰り道を、お馴染みのメンバーが歩いている最中に放たれた一言だ。



「いや肉まんは好きっすけど、急にどうしたんすか?」

「珍しいですね、貴方がそんなに唐突な事を言うなんて」



メンバーの中には勿論切原も混ざっており、同学年の仲間より先輩の彼らといる方がよっぽど居心地が良い事が窺える。レギュラーとして今まで当たり前のように一緒にいたのだ、それも無理は無い。などという話は置いておいて、彼らは柳生の質問に便乗するように頭の上に疑問符を散りばめながら、再び晴香に向き合った。



「昨日氷帝から電話があったんだ」

「なんてだよぃ?」

「一緒に肉まんを作ろうって」



それは、つい昨晩の話である。



***



「晴香ー!久しぶりー!」

「全然久しぶりじゃないと思うのだが」



食事や風呂を済ませ自室にて休息を取っていた晴香の携帯に、1本の電話が入った。サブディスプレイには「景吾君」と表示されており、さほど珍しくないその相手の電話をとりあえずとる。が、耳元で聞こえた声は聞き慣れた落ち着きのある声ではなく、まるで小さな子供のように無邪気な、芥川の声だった。



「ねぇ晴香、冬といえばなんだと思う!?」

「…急に何だ?」

「早く答えろよっ!」



通話先ではスピーカーホンに設定されているのか、晴香の怪訝な声色が近くにいる彼らにまで伝わったようだ。急かすように茶々入れをして来たのは向日である。



「鍋」

「食べ物で来るとは思ってたが惜しいな」

「鍋…うんうん、鍋もEよね!でもさっ、冬のコンビニといえば!?」

「肉まん」

「そう!肉まん!」



1回目の晴香の回答に苦笑気味に答えたのは跡部だ。芥川はその回答にフォローしつつも、自分の求めている回答を促すために質問内容を変えた。すると次は見事その回答をしてくれたようである。



「俺ね、肉まんいーっぱい食べたいの!」

「あぁ、そうだな」

「でもコンビニじゃそんないっぺんに買えないでしょー?」

「まぁ」

「だから、一緒に作ろー!」



晴香はこの時スーパーか何処かでまとめ買いすれば良いのでは、と思ったが、あまりにも芥川が楽しげに話す為それは口に出せなかった。そう思ったのは恐らく他のメンバーも一緒か、それかただ単に芥川が皆と作りたいだけか。どちらにせよ、テンションが上がりきっている芥川(と、向日も同様だ)に指摘をするという野暮な事など彼らが出来るはずがないのだ。その事を察した晴香は苦笑し、了承の返事をした。



「やったやったー!でねでねっ、どうせなら立海の皆も一緒に作ろうよ!」

「あの人達もか?」

「皆で作った方が絶対楽Cよ、あとべんち広いし!分担すればいっぱい作れるよ!」

「そうだな、食べる量が増えるのは良い事だ。聞いてみる」

「やったー!」



それから詳しい日程などを電話を代わった跡部から聞き、彼のまぁ楽しめねぇ事は無いだろ、という台詞で通話は終了した。これが、晴香の突発的な言葉の詳細である。



「相変わらずだなぁジロ君は」

「多分誘いを断れば間違いなく拗ねる。一緒に来てくれるか」

「俺は全然良いっすよ、肉まん食えるなら!」

「たまにはええんじゃないかのう」



経緯を聞いた彼らは納得したように頷き、こうして立海と氷帝の合同肉まん作り大会の開催が決定した。



「じゃあ、当日は10時に駅前ね」



そして彼らは幸村の言葉で解散し、各々の帰路に着いた。普段自分からこういった事を提案しない晴香は疲れたように溜息を吐いたが、それは決して嫌悪から来たものでは無い事は、もうお見通しだろう。
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