あ、と声が重なる。



「珍しく1人?仁王とブン太は?」

「裏庭で一緒に寝てたんだが、目が覚めてしまった。2人はまだ寝てたからそのままにしておいた」

「なるほどね」



これ以上寝る気にもならないし、次の授業はちゃんと出ようと思い廊下を歩いていると、曲がり角を曲がった所で幸村君に会った。彼はどうやら職員室に行くようで、手にはプリントが持たれている。



「それ、進路希望調査か?」

「あぁ。田代はもう出したの?」

「まだだ」



紙面をこちらに向けて来たからチラ、と視線を移すと、第一希望の欄には立海大附属高等学校、と綺麗な字でしっかりと書かれていた。幸村君もこのまま持ち上がりか、と思うと、何故か安心した。



「え、何、立海行かないとか言わないよね」

「言わない。外部受験する理由も必要も無いし」

「驚かせるなよ」



そして幸村君もまた私の言葉に安心したように笑い、その表情を見て思わず私も微笑む。たくさんの人が行き交う廊下の中私達は壁に背を預け、その場に留まる姿勢に入った。



「そういえば田代、学祭の写真欲しい?」

「欲しい」

「じゃあお前の分も現像しとくから、出来たら渡す」

「待ってる」

「後さー」



特に大事な話がある訳ではないのだが離れるのも名残惜しく、そんな他愛もない話を交わしていた時、ふと近くから視線を感じた。それは幸村君も一緒だったのか、私達は顔を見合わせゆっくりとその方向に目を向けた。



「…大塚さん?」

「キャッ!気付かれちゃった!」



するとそこには、去年の学祭準備期間中に私が助けた女の子、大塚さんがいた。彼女には今年の準備期間中に何故か惚れられてしまったのだが、それ以来こんな風に気付けば近くにいる事は多々あったので特に珍しくない。ただいつもと違うのは、真っ先に近寄ってこずに影から様子を窺っていたという事だ。いつもの大胆さは何処へ消えた、と若干疑問を抱く。



「って、何。蓮二までいるし」

「やぁ」

「…」

「どんな組み合わせだ、とでも言いたげな顔をしているな、田代」



更に後ろから現れた柳君に眉を顰めると、心の内を見事に当てられた。だっておかしいだろう、大塚さんと柳君に接点は無いはずだ。なのに何故一緒に?怪訝に思っているのは幸村君も同じなのか、2人を交互に見て首を傾げている。



「田代の姿を見てすぐにでも飛び出したかったようだが、それは躊躇してしまったらしくてな。だから後押しをしたんだ」

「はぁ?何それどういう事」

「私もよくわからない。大塚さん、いつもはすぐ来るじゃないか」

「えーっ、だってー…」



私と幸村君の言葉に、2人は視線を合わせて何やらニヤニヤと笑い出した。なんだこの状況、変なの。



「それより田代、もうすぐ授業が始まるが良いのか」

「え、今何時」

「授業開始2分前だ。次は化学だぞ、化学の教科担は時間にうるさい。早く行ったらどうだ」

「あぁ、わかった」



しかしそこで時間が来てしまい、結局理由を聞けずじまいのまま私だけこの場から離れるハメになった。この様子じゃ後から聞いても濁されて終わるだろう、全く柳君の策略からはいつまで経っても抜け出せない。あざとい人だ。そして私はそれじゃ、と一言残し、教室に向けて足を進めた。



「で、何なのお前ら」

「だって幸村先輩、あまりにも優しい顔して話してるんですもん!その中に割り込むなんて真似、いくら私でも出来なかったんですよー!」

「は」

「だそうだ。無自覚とはまだまだだな、精市」



あー、やっぱり授業サボろうかなー。そう思って歩いていたら、後ろから幸村君のはぁ!?という珍しい叫び声が聞こえて、本格的に何があったのか気になった。でも、やはり授業後に問い詰めても私がそれを知る事は出来なかった。なんだったんだろうなー。
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