「(邪魔くさい、だるい)」



3時間目、移動教室、生物実験。

実験室に行くべく教室から出たのは良いけど、向かう途中の階段でどういうことか道を塞がれてしまった。ちなみに塞いでいるのは大量の女の子軍団で、皆口々に「幸村くーん!」などと甲高い声を発している。どう考えたって、邪魔だ。自分のクラスで騒ぐのは大いに勝手だが(というか、私の視界に入らなければどうでもいい)、こういった人が多く通る場所で騒がれるのは邪魔な事この上ない。全く、とんだ巻き込みだ。



「(もういいや)」



ポケットから携帯を取り出して時間を確認すると、チャイムが鳴るまで後1分も無い事がわかった。ここから実験室は結構な距離があるから、その時間内で辿り着くことは無理に等しい。走れば間に合うのかもしれないが、そんな無駄な体力の消耗を私はしない。

ということで、チャイムが鳴ってようやく女の子達がはけていった時、私は実験室がある下り階段は通らずに、屋上へ続く上り階段に足先を向けた。途中他学年の先生に会って「もうチャイム鳴ったぞ」と言われたが、適当な返事だけしておいてそのまま変わらずに歩き続けた。

屋上に辿り着き、ドアを開け、大きく伸びをする。日陰になる所に無造作に教科書類を置いて、私自身も無造作にその場に横たわる。目の前に広がる空、ゆっくりと流れる雲を特に何の感情も持たずただボーッと見つめる。



「見っけ!」



するといつの間に入って来たのか、むしろ何で此処に居るのか、私の視界は見知らぬ男のドアップに切り替わった。だが、そんな突然の事にもさほど驚く事もなく、その異様に近い顔をまじまじと見る。



「誰だ?」

「えー、第一声がそれ?皆俺の事知ってるのにー。っていうか知らない奴でも普通もっと可愛い反応しない?」

「さぁ、興味無い」



そう言うとその男は頬を膨らまして私から離れた。視界の半分がその男、もう半分が空になる。とんだ安眠妨害がやってきた、と直感した。



「君でしょ?仁王が言ってた田代晴香、って」

「へぇ」

「俺、C組の幸村精市。よろしくね?」

「ふーん」



別に興味無い人の名前なんて知らなくても良い、兎に角こっちは眠いのだ。通行の妨げをされた挙句、安眠の妨げまでされるなんてたまったもんじゃない。でもそんな私の内心には全く気付いていないのか、それとも気付いていてあえてやっているのか、この男、幸村君とやらは絶えず私に話しかけてくる。



「君、さっき俺のファンの子達に道塞がれてたでしょ」

「ファン?」

「ほら、階段のところにいっぱいいたじゃん、ブスな女達。あれ俺のファン」



…顔に似合わず物騒なことを言う人だ。それより、そうか、あの邪魔極まりない人達は幸村君のファンだったのか。ん?というよりも、ファンって何だ?そんなにこの人は凄い人なのか?そんな疑問が頭をよぎったところで彼はそれを見抜いたのか、1つ笑みをこぼし口を開いた。



「俺、モテるから」



この少し女性的な感じが女子の中ではツボなのだろうか。それでいて自信家で、男らしい一面もある。そんなギャップに惹かれた、とか概ねそんなところだろう。

くだらない。

どっちにしろ私には微塵の関係もない話だ、聞くに値するものでもない。私は彼のその言葉に返答すること無く、そのまま目を閉じ眠りについた。何か邪魔でもしてくるか、と思ったけど特にしてこなかったので、安心して眠ることができた。



***



「…え、本当に寝た、この子」



寝息を立て始めた田代さんを見て、思わずそんな声を上げる。目を閉じた瞬間まさかとは思ったけど、本当にこの俺の目の前で寝るなんて。

───仁王から面白い奴がいる、と聞いたのは少し前の事だった。それが女子だとわかった時は少なからず驚いた、だって仁王が女子に興味を持つなんてことこれまでほぼ無かったし。

でも、仁王の話を聞けば聞くほど気になってしまったのも事実だった。誰にも興味を示さなくて、これでもかというくらい冷めていて、雰囲気からまず他とは違う。そう仁王は言っていた。今実際こうして会ってみると、確かにその解釈は間違っていない。でも1つ訂正するならば、この子は冷たいというより、ただ自分の思うがままに過ごしているだけなんだと思う。



「(案外まつ毛長いじゃん、っつーか細)」



恥じらいというものがないのかな、この子。普通寝顔を見られるのは恥ずかしいっていう子がほとんどだと思うけど、田代さんは何も隠すことなく大っぴらに寝そべっている。



「えい」

「…っ、?」



だからつい出来心で鼻をつまんでみると、数秒後、田代さんは目を見開きながら起きた。わー目でかい。手を離してやると田代さんは上体を起こしてあぐらをかいて、恨めしそうに俺の事を見て来た。



「私に恨みでもあるのか」

「ううん、出来心」

「出来心で人を殺そうとするな」



大袈裟だなぁ、と笑ってみせれば、心底呆れたのか田代さんは立ち上がって俺から離れて行った。勿論追いかけるんだけどね。



「…出来れば1人でいたいんだが」

「出来れば、でしょ?じゃあいいじゃん」

「語弊があったようだ。とても1人でいたい」



俺をゴミを見るような目で見てくる田代さん。うわ流石にちょっと腹立つ。傷つきはしないよ?腹立つの。



「そんな事言っちゃうんだー」

「…離してくれないか」

「やだ」



もやしみたいな腕を掴んで強く握ると、田代さんは少しだけ眉を顰めた。一向に離そうとしない俺をしばらく睨みつけた後、観念したのか俺の前に立って、その華奢な体と向き合う体勢になる。



「何がしたいんだ。誰かの差し金か?」

「差し金って、いっつも何と戦ってるの」

「馴れ馴れしいワカメに、変な銀髪に、食べ方が汚い赤髪だ」



散々な言われようをしているそいつらは多分、仁王、丸井、それにこの前うちの部に乗り込んできた切原の事だろう。仁王から、切原が田代さんに懐いているって話は既に聞いている。



「じゃあ俺もその戦いの仲間入りー」

「しなくていい。とりあえず座らないか、立っているのは疲れる」

「どんだけ体力無いの。そんなに細いからだよ」

「これは遺伝だ」



そうして俺達は、太陽が容赦なく照りつけてくる中屋上のド真ん中に座り込んだ。じりじりと肌が焼けて、体温が上昇していくのを感じる。



「何で田代さんってそんなに物事に無関心なの?」



そして、ふいに出た俺の言葉に、田代さんは特に驚く事もなく、さも当然というように



「どうでもいいからだ」



と、言い放った。それからチャイムが鳴るまで田代さんは俺の言葉に薄すぎる反応をするだけだったけど、それも俺にとっては中々の収穫だ。仁王、お前の言ってた通り、この子凄く面白いよ!
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