切原君と柳君の試合が始まってから少し経ったところで、チラ、と横を見ると、私の方を見て気まずそうな顔をしている丸井君と桑原君がいた。目が合うなり2人は間にスペースを空け、とんとん、とその空席の部分を叩いた。だから私はそれに従い、2人の間に腰を降ろす。



「大会終わったら、ケーキ食いに行こうな」



すると、急に丸井君はそんなことを言った。若干驚いて彼の方を向くが、その目が私を捉える事は今は無さそうだ。…そして。



「15分経ったぜ、起きろよ、このワカメ野郎!」



仁王君の声が響き、コートからは笑い声が聞こえる。

───始まった。



「テメーも赤く、染めてやろうか?」



その言葉を区切りに、切原君は相手選手の1人、乾君をことごとく攻撃し始めた。手加減容赦は一切無し、もしかしたら前よりも酷いかもしれない。柳君はさすがに幼馴染がそんな目に遭っているからか、冷や汗を流していた。早く棄権しろ、と。…正直それは私も思った。見てられない、とかじゃなく、見ていたくないんだ。



「青春学園乾、海堂ペア棄権により、勝者、立海大附属柳、切原ペア!」



想いは強かったのか、審判のコールが流れた途端私は思わずほうっ、と安堵の息を吐いた。…見守らなければいけないと決めたのに結局はコレだ。相手が傷付くのを、誰かを傷付ける切原君を見たくないんだ。

とりあえず今は、2人にドリンクとタオルを渡さなければいけない。そう思い私はその行動を起こしたが、2人は勝ったというのにどこか素っ気ない態度で受け取り、そのままクールダウンに出かけた。2人の後ろ姿をしばらく目で追った後にコートに視線を戻すと、既に仁王君がいた。普段のヘタれた部分なんで微塵も感じさせないその威圧感のある姿から、真剣さを感じる。



「出来ることなら、また彼とダブルスを組みたかったものですね」

「…柳生君、」

「今更どうこう言っても仕方ありませんが、相方が1人で戦っている姿というのはどこか違和感があります」

「私もだ」



私のその相槌とともに仁王君の試合は始まった。隣からは柳生君の視線を痛いほど感じる。



「私には到底出来ないことだが、楽しそうだったし、見てるこっちも楽しかった」

「まぁ、変装は私も好きでやっているわけではありませんがね」

「どんな弱味を握られているんだ?」

「秘密です」



疑問を投げかけると共に柳生君のことを見上げると、楽しそうな、でも何処か寂しそうな笑みを浮かべていた。



「見て下さい、変装の次はなりきりですよ」

「…本当だ」



柳生君の言葉でコートに目を向けると、そこには仁王君ではなく蔵ノ介がいた。イリュージョン、というものらしい。なんでもありだなとは前から思っていたが、ここまで来ると驚きを通り越して感心する。



「しかし、この立ち位置だからこそ見えてきたこともあります」

「と、いうと?」

「それは貴方もわかっているでしょう」



…しかしこれには驚いた。柳生君とちゃんと話したことがなかったから、彼も同じことを思っていたなんて全く知らなかった。そうだ、柳生君は私と役目は違うけど、見守る立場という点では同じなんだ。1番近くにいながら客観的に皆を見れる立場なんだ。だからこそ、私達だけが気付いていることがある。



「執着しすぎているんです、色々なことに」



私達は皆より少し離れた応援席にいるから、この会話は私達以外の人には聞かれていない。そして、その柳生君の言葉は私の胸に深く突き刺さった。これか、ずっと感じてた違和感は。全部なかったことにしようとして、しきれなかったことは。

やっと自分の中でそうわかったものの、結局私は見守ることしか出来ない。だから柳生君も今の今まで何も言って来なかったんだろう。

呆然と立ち尽くす中、仁王君の負けを告げる審判の声がその場に響いた。
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