2人分のパワーリストがボトッ、と音を立てて落とされる。昨日の彼らとは全く違う、切羽詰まった余裕の無い表情。絶え間なく滴っている汗。 「クソッ!!」 隣にいる切原君はフェンスを相当な力で握っており、その様子からいかに苛立っているかが感じ取れる。 ―――昨日の雨が嘘のように上がり、今日はまさに晴天と呼ぶにふさわしい天候となった。抜群のコンディションの中私達は意気込みをし、準決勝に臨んだ。相手校は名古屋星徳、選手はなんと全員外国人留学生とのことだ。最初はそのことに対し文句を漏らしていたが、国籍が違えどテニスの実力はやってみないとわからない。だから皆、焦っている様子はなかった。 それが、だ。 S3で柳生君が負け、D2の桑原君と丸井君は追い詰められてて。こんな皆今まで見たことがないゆえに、一般部員は勿論私と切原君はかなり動揺している。他の人達が何故それほどまでに冷静でいられるのか全くわからない。後がないのに、なんで。 「あんな無様な負け方しやがって…!」 いつもは少々過剰なくらい甘えた態度を見せる切原君だが、今だけは違った。これまでと全く違う試合状況に戸惑い、憤っている。 結局部員の応援も虚しく、D2はそのまま負けた。その判定のコールが下った瞬間切原君は一目散にコートに駆け込んだ。やる気満々、否、殺る気満々といったところだろうか。顔を般若のようにして怒りを露わにする切原君。でも、皆は平然としている。 …おかしい。 何かがおかしい。1試合目が始まった時から違和感は抱いていた。負けた人に対し何も言わない真田君、幸村君が良い例だ。前の試合では勝っても言っていたのに。 不安と焦りが入り混じる中、試合はどんどん進んでいく。体に打ち付けられるボール、段々と増えていく出血量、大きい物音。 凄惨、だ。 「…田代?」 でも、目を逸らしちゃいけない。この人達のやり方についていくって決めたのは私だ。だから私は一度深呼吸をした後、再びコートにしっかりと目をやった。その時、ほぼ無意識に隣にいる柳君のジャージを掴んでしまった。彼は不思議そうな表情を浮かべているだろうが、答えている余裕も答える言葉もないからそのままにしておく。 「柳生先輩、こいつら、今なんて言ったんすか」 フェンスにまるで磔のようにされた切原君。それを見た相手校の選手が、彼を嘲笑うように何か言葉を発した。勿論それは英語な為切原君だけではなく私も聞き取れず、柳生君の返答に耳を傾ける。 「本当に昨年の王者か?我々の国なら小学生でも勝てるぞ、…このワカメ野郎、と」 …いやいやいや。何を言ってるんだこの人は。確かに私は英語の成績はさほど良くないが、ワカメ野郎なんて言葉は言ってなかったはずだ。そのことに気付いたのか、丸井君も同じように疑問符を頭に浮かべている。やっぱり今日は皆おかしい。…何か企んでる…? 「田代」 「…柳君」 「こういうことだ」 柳君の言葉の意味も理解できない。―――目の前で狂ったように笑い出した切原君も。それを見て若干驚きつつも満足そうにしている皆の表情も。全部全部、理解できない。 「言ったよね、田代。三連覇に死角はないって」 目の前のベンチに座っている幸村君が、私に背中を向けたままの状態でそう言った。隣にいた柳君は、次の試合の準備の為に私から離れていく。 「…プリ」 今回柳君とダブルスを組んだ仁王君も、私の顔は見ずにただ頭に手を乗せて、そのまま離れていく。傍らでは怪我だらけの切原君を皆が介抱して、そんな中でも次の柳君の試合は既に始まっていて、しかもこれまでの試合が嘘のように相手を圧倒していて。 そうか、最初からこの予定だったのか。 確かに切原君は一瞬にして強くなって逆転勝ちした。勝利を手にした。その展開に持ち込む為には、切原君が幸村君が言うところの覚醒をしなきゃいけなかったわけで。だからわざと負けたりして切原君を煽った。言ってもないことを平然と付け加えた。全部は計画だったんだ。 いつもは聞いていて心地いいテニスボールを打つ音が、まるで騒音にしかならない。柳君の勝ちを意味する審判の声が聞こえても、ちっとも嬉しくない。ドロドロとした感情が疼く中、ようやく整理がついて全てが分かった瞬間、何故か、無性に泣きたくなった。 |