「…ん?」



家に着き、着替えもしないでテレビに食い入っていた時、ふいに家の電話が鳴り響いた。寝転がっているこの状態から立ち上がるのはかなり億劫だが、出ない訳にもいかないので仕方なく重い腰を上げて受話器を取る。



《ちょっと晴香、どうして携帯に出ないのよ!》

「あぁ、手元に無い」

《だーめっ、今すぐ確認しなさい、今すぐ!》

「わかったからそんなに大声を出さなくていいよ、お母さん」



電話の相手は年中元気なお母さんだった。携帯は…確か学校の鞄の中か、あぁ2階に行かなきゃいけないじゃないか、面倒臭い。それでもお母さんに口うるさく言われる方が面倒なので、スリッパをパタパタと鳴らしながら階段を駆け上がり、部屋のドアを開ける。



「……あれ。」



そうして鞄を詮索してみたものの、なんと携帯が無いのだ。頭の中の記憶を手繰り寄せて、何処にやったのかを思い出す。…あぁ、そういえば仁王君に勝手に取られそうになったから机の中に入れておいたんだったか。すっかり忘れてた。とりあえずそのことを伝えるべく、もう一度階段を下りて受話器を取る。



「お母さん、忘れてきたみたい」

《えー!?どこに!》

「学校の机の中」

《今すぐ取りに行きなさい!》

「いや、使わないし明日で」

《個人情報満載なのよ!?それに携帯を携帯しないでどうするの!今すぐ行かなきゃ夕ご飯作ってあげないから!》

「それは困る。いってきます」



無駄足な気がしてならないが、流石に夕飯抜きはキツい。そう判断した私は仕方なくチャリキーと小銭入れだけを持って、そのまま玄関を出た。時刻は17時、こんな時間に学校に行かなければならないのは苦痛だが、こればっかりは忘れてきた私が悪いから仕方ない。

そしてチャリに乗って出発すること約15分、真っ正面から焼き芋屋が迫ってきた。お腹が空いている私にとってその匂いはとても魅力的に感じて、思わず1本購入してしまった。屋台の食べ物は高いのに、でも美味しいから良いか。片手はハンドル、片手は焼き芋を持ってペダルをこぎ続ける。



「……ん?」



焼き芋を咀嚼しながら校門に入ると、前方にテニスラケットを持った男の子が倒れているのが目に入った。…倒れている?何故?いくらなんでもそんな状態の人を無視するわけにはいかないので一度チャリを止め、うつ伏せに倒れている男の子の近くにしゃがみこみ、腰あたりを指でつついてみる。



「っ、何だよ!?」



すると男の子はすぐさま体を起こして反応した。良かった、生きてた。あれ、ていうか泣いていたのだろうか。目が真っ赤だ。



「君、目が真っ赤だぞ」

「か、関係ねぇだろ!?」

「確かにそうなんだが」



頭の中に浮かんだ疑問をそのまま投げかけると、男の子は予想外だったのかその大きな目を更に大きく見開かせた。赤目でそんな見開かれると少なからず怖いんだが。とりあえずしゃがむのが疲れたので、そのまま地面にお尻をつけて座り込む。



「…アンタ女だろ。スカート汚れんじゃん。っつーか慰めならいらねぇし!」

「慰め?ただしゃがんでいるのが疲れたから座っただけなんだが」



少しお門違いな事を言われたからそれを指摘すれば、段々と彼の目からは充血と涙が引いていった。しまいにはその目でジッと見つめられ、何がそんなに珍しいんだ?と若干怪訝に思う。



「食べるか?」

「……ん」



食い入るように見つめてくるからとりあえず手に持っていた焼き芋を割って手渡すと、彼は少し不服な表情も浮かべつつもそれを受け取って、もぐもぐと頬張り始めた。動物みたいだ。



「君は生きているんだな」

「は!?当たり前だろ!」

「なら私はもう行く」



そこでようやく本題に踏みいることができた。気絶していたら話は別だが、彼はこの通り元気だ。食べ物を食べる余裕まである。だから私の役目はもう無い、そう思って立ち上がると、何故かその瞬間がっしりと手を掴まれた。反動でもう一度座り込む。少しお尻が痛い。



「何だ?」

「な、何があったのか聞かねぇのかよ!」

「あまり興味はない。でも、テニスラケットを持っているということはこれからしに行くんじゃないのか?」

「…しらねぇよ、こんなの!」

「あ」



何だろう、何か私は失言でももらしたのだろうか。彼は持っていたテニスラケットを地面に叩きつけてしまった。

だが、それにしても、



「説得力に欠けているな」

「は?」

「泣くほど悔しい気持ちがテニスに対して持てるというのに、しらねぇよ、とは」



そんなにムキになるほどのものなのに、どうでもいいとは。とんだ天の邪鬼だ。私は焼き芋の最後の一口を口に入れ、テニスラケットを彼に再度手渡した。



「見失いたくない物なんじゃないのか」

「っ…」

「消毒、ちゃんとしなきゃダメだぞ」



生憎私は救急箱を持っていない。だから彼にそれだけ言い渡して、その場からチャリと共に立ち去った。後ろで彼の嗚咽が聞こえるが、聞かなかったことにする。私が手を差し伸べたところで得る物はきっと何も無いだろうし、っていうよりも結局は早く帰りたい気持ちが先立って仕方ないからなのだが。申し訳ない。携帯、無事だと良いな。
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