放課後。大会前ということもあり部員のやる気も格段に違い、それに伴い厳しさも増す。練習を終えた後の部室は、まさに地獄絵図と言ってもいいような有様だ。特に切原君。彼は最近また何やら…乱暴な技、というのだろうか。とりあえずそれを覚えたらしく、体力の消耗も並大抵では済まされないようだ。でもまぁ関東大会で私も覚悟を決めた、皆の練習方法に私が口を出す権利は無い。



「晴香先輩ぃー…」

「汗を拭け、汗を」



よくこんな暑さの中抱きついてくるものだ、とある意味感心する。今私は部室にいて日誌やらなんやらを書いているのだが、他の人は着替えているにも関わらず、切原君だけは後ろから抱きついて来て離れようとしない。普通は着替えを先に済ませたいと思うんじゃないのか。



「先輩拭いてぇー」

「おら、甘えんなよ赤也。田代が困ってるだろ?」



いつまでも甘えてくる切原君に注意を促したのは桑原君だ。少し苦笑いで控えめにそう言う桑原君は、やはり優しい。



「田代、日誌書けた?」

「もう少しで書き終わる」

「じゃあ俺も職員室に鍵戻しに行くから一緒に行こ」



その時、幸村君がワイシャツのボタンを留めながら話しかけて来た。この日誌をあのまともに部活に顔を出さない顧問に渡して、果たして意味があるのか、というのは結構前から抱いていた疑問だが、それでも渡さないわけにはいかない。私は幸村君の言葉に一度頷いて、また日誌を書くのに没頭した。



「田代、姿勢が悪い。ちゃんと直しなさい」

「…はい」



お父さんみたいだな柳君。



「あー腹減ったぁー」

「じゃあ帰りマック行きましょう!」

「おまんらよく食うのう」

「そうですよ、帰ったらご飯が用意されてるんじゃないんですか?」

「うむ。無駄な出費は控えろ」

「いいんだよどっちも食うから!金はジャッカルが払うし!」

「俺かよ!?」



そんなくだらない会話を耳にしつつ集中し、ようやく日誌が書き終わった。それと同時に皆は部室から出て、幸村君が鍵をかけて、そして玄関前で私と幸村君は皆と別れる。

大会前に伴い遅くまで残っている部活は、テニス部を含め他にもいくつかあるが、校舎内に入るとそれを感じさせないくらいの静寂が襲ってくる。微かに吹奏楽の演奏が聞こえるくらいで、私達の足音が廊下によく響いた。



「俺さ」

「ん」



そんな事を考えながら歩いていると、ふいに幸村君がやけに落ち着いた声色で話しかけて来た。なんだろう。



「すっごい勝ちたいんだよね」

「あぁ」

「うん」

「…うん」



結局、幸村君との会話はそこで唐突にぶった切られた。多分、本人もただなんとなく言いたくなっただけなんだろう。でも、こういうのも悪く無い。

思い返してみると、立海を筆頭に四天宝寺や景吾君、私はなぜかテニス部とゆかりが多くある。それまでちっともテニスなんて興味無かったのに、今ではラケットとボールがぶつかり合う音を聞いていないと落ち着かない。変な話だ。本当に、3年生になってから初めてのことだらけで自分がおかしく感じる。

もっと早くテニスに出会っていたかった。そう思うくらいに。



「勝とう、幸村君」

「…当たり前だろ」



くしゃり、と撫でられた頭。そう言い放った幸村君の表情は、とても生き生きとしていた。
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