しかし、その気まぐれはすぐに後悔することになる。



「何度言えばわかるのだ赤也!!そんな汚くては飾れんだろう!」

「大事なのは気持ちっす!!しかも副ブチョだって俺に言えるほど上手くないじゃないっすかー!!」



ギャーギャーと騒ぐ声が耳につく。なんだこのうるさい人達は、うるさくてかなわない。そんな私に気付いたのか、眼鏡をかけた人が私を撫でて来た。



「こんなうるさい場所にかわいそうに…外に出ますか?」

「よけないことするんじゃなか柳生、プーちゃんは来たくて来たんじゃ」



よけいなことを言っているのは君だ仁王、私は今この場から一刻も早く出たくてたまらないんだぞ。その意を表して柳生という人の腕の中で身をよじらせ、低い声で一鳴きする。



「ほら見なさい、出たいんですよ」

「いや、トイレだろう。私が連れて行く」

「ぶにゃー!!」



田代ー!!と叫んだつもりなのだが、それも呆気なく。私は柳生の腕から田代の腕に移され、そのまま田代と一緒に部室を出た。よし、これであとは一気に駆けだして、



「うるさいが面白いだろう」

「…?」

「時々うんざりするが、一緒にいて飽きることはないんだ」



…駆け出して、と思ったんだが、田代があまりにも優しい顔でそんなことを言うからその機会を逃してしまった。



「やっと明日また全員揃う。プーちゃんも楽しみにしててくれ」

「に゛ー…」

「すまない、トイレをしたいんだったな」



あっちの方がいいか?、と言って遠くへ行こうとする田代の足を、私は前足で食い止めた。田代は不思議そうな顔で私のことを見下ろす。

…確かにうるさいが、決して嫌な雰囲気ではなかった。それに、いつもは無表情の田代がこんな顔を見せるほどなのだ、本当に居心地が良くてたまらないのだろう。ならもう少し様子を見ててもいいかもしれない。そう思った私はお手並み拝見という名目でうるさい部屋に戻ることにした。これが私のような長寿猫ではなくまだまだ若い猫だったら、耐え切れずに一目散に脱出していただろうが、そこは人生経験の差だ。



「じゃあ、戻ろうか」



田代がドアを開け、中に入ることを促す。



「お、早かったのうプーちゃん」

「うんこじゃなかったんっすねぇ!」

「赤也、はしたない言葉を使うんじゃない」



…赤也、柳の言う通りお前は本当にはしたない。何度でも言うが私はメスだぞ、口を慎め。



「おーいスポンジ焼けたぜーい!デコレーション皆ですっぞ!」

「うむ。丸井、ジャッカル、ご苦労だったな」

「お2人共おかえりなさい」

「あぁ、ただいま」



その時、ドアから丸井とジャッカル、という人が入って来た。2人の手には甘い匂いが漂う餌が持たれていて思わず飛びかかりそうになったが、それは田代の手によって抑えられた。どうやら私が食べていいものではないらしい。まぁさっき餌を貰ったばかりだし我慢するとしよう。



「田代、どうしたんだよぃこの猫?いっつも裏庭らへんにいるのじゃん?」

「着いて来たんだ」

「へぇ、人懐っこいんだな」



田代の腕の中にいると、丸井とジャッカルに頭を撫でられた。これから餌を食べるのに果たして私に触っても良いのか、と思ってると、全員一度手を洗いに外へ出て行った。そして戻って来て、今度は私を見ていた田代が1人外へ出る。で、戻って来る。



「うっわー超美味そうっすねー!しかもでっけー!」

「まずはクリーム塗ってくぜい!」



さっきより更にうるささが増した環境の中、全員が机にたかり餌を食べることはせずに色々と手を加え始めた。私の隣にいるのは仁王だけだ。仁王はやらないのか、と思い一鳴きすると、俺はお菓子作りとは無縁じゃき、と言われた。なるほど。それにしても、居心地が良いな。
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